春は、香りとともに。




「……志野子さん」


 不意に呼ばれて、志野子は肩を揺らす。


 「……はい」

 「さっき、寝息が聞こえたような気がしたので」

 「眠ろうとしていただけです。でも……先生の声で、また目が覚めました」

 「それは……悪いことをしてしまいましたね」


 くすり、とふたりは小さく笑う。

 惟道がふと、指先に力をこめた。


 「……昔のわたしは、ずっと“終わり”ばかり考えていました。この仕事を辞めたら、いつか命が尽きたら……と」

 「先生……」

 「でも、あなたに出会って、“続く”という未来を思えるようになったんです。たとえば、来年の春も、一緒に桜を見に行けるだろうか……とか」


 志野子は、布団の中で小さく頷いた。
 その目は潤んでいて、けれど微笑みを失わなかった。