春は、香りとともに。




 静かな夜だった。

 雨上がりの空気がまだどこか部屋に残っていて、障子越しの闇さえもやわらかい。
 志野子はふと、瞼を持ち上げた。

 身体の温もりは確かに、隣にある。
 惟道の寝息が、規則正しく、静かに響いていた。


 (……夢じゃ、ないのよね)


 そっと首を傾けると、彼の横顔が月明かりに浮かんで見えた。
 きれいな横顔。静かな睫毛。
 思わず胸がきゅっとなってしまうのは、きっと、眠る前に彼が言った言葉のせい。


 “今夜は、一緒に眠っても、いいですか”――


 言葉に宿った真摯な想い。
 あれを聞いてしまったあとでは、眠れるはずなどなかった。

 志野子は、ごくごく小さな動きで布団の中から手を伸ばした。
 そっと、惟道の手の上に、自分の指を重ねる。