春は、香りとともに。




 読み終えたあと、しばしの沈黙が流れた。
 志野子がそっと惟道を見ると、彼はふかく呼吸を整えていた。


 「……志野子さん」

 「はい」

 「……今夜は、一緒に眠っても、よろしいでしょうか」


 志野子は一瞬、驚いて目を見開く。

 惟道は、ただまっすぐに彼女を見ていた。


 「あなたのそばにいたい。あなたの温もりに、触れていたい。……そんな風に、思ってしまったんです」


 その告白は、決して情熱的ではない。
 けれど、とても誠実で――どこまでも真摯だった。


 「……先生」

 「もちろん、無理にとは言いません。ですが、どうしても……今夜は、あなたの隣で、眠りたいのです」


 志野子は、言葉を失い、けれど。
 胸の奥で、あたたかな何かが膨らんでいくのを感じていた。

 ふたりは、部屋の一角に敷いた布団に並んで横になる。
 ただ、少しだけ、距離を取って。


 「……こんなに静かな夜って、あるんですね」
 

 志野子が呟いた。惟道は微笑んで頷く。


 「あなたがいるだけで、世界が静かになっていく気がします」