春は、香りとともに。





 ふと、風がふたりの間をすり抜ける。

 志野子の髪がふわりと舞った。惟道はその様子を見て、そっと立ち止まった。


 「……あなたには、やはり光がよく似合います」

 「え?」

 「こうして、晴れた日の下で微笑んでいるあなたは、可愛らしい」


 志野子は戸惑い、けれど――心がほころぶのを止められなかった。
 胸の奥で、柔らかな何かが静かに弾けた。

 神社をあとにして、帰り道に見つけた古道具屋に立ち寄った。
 小さな店だが、どこか懐かしい香りがする。

 惟道がふと足を止めた先には、古びた絵本があった。


 「……これは」


 手に取ったのは、表紙の角がすり減った、小さな童話集だった。


 「昔、妹と一緒に読んだことがあるんです。
  よく夜に、母の隣で、交代で声に出して読み合ったものでした」


 志野子は、その声音のやわらかさに気づく。


 「妹さんと、仲が良かったんですね」

 「ええ……とても、大切な存在でした。――けれど、守ってやることは、できませんでした」


 ぽつりと漏れた言葉に、志野子は自然と惟道の袖を掴んでいた。


 「……先生」

 「……すみません。こんな話を、突然」

 「いえ。話してくださって、ありがとうございます」


 惟道は少しだけ目を伏せて、それから小さく微笑んだ。