春は、香りとともに。




 ***
 

 帰り道。

 いつもの長屋に戻る前、志野子はふと、セツの買い物姿を見つけた。
 小さな籠を抱えて、八百屋の主人と、にこにこ笑いながら言葉を交わしている。


「あら、それじゃあ一束おまけしてくださいます?」

「セツさんには弱いなァ、ほんとに」


 かつての男爵家では、ありえない光景だった。
 けれど、志野子はその背を見ながら、ふと、胸が温かくなるのを感じた。


「ありがとう、セツ」


 志野子は、誰に聞かれるでもなく、そう呟いた。

 ――あなたが、ここにいてくれるから、
 私は今、花のように生きていられるのだと思うのだ。