春は、香りとともに。





 縁側の灯りが、ふたりの頬をやわらかく照らしている。夜の帳が静かに下りて、世界がふたりきりになったようだった。


 「わたし……」


 志野子は、そっと手のひらを惟道の膝に重ねた。


 「……いまは、まだ怖いです。でも、先生の隣で、ゆっくり歩いていきたい。そう思っています」


 惟道は、その手に自分の手を重ね、そして一言だけ、そっと呟いた。


 「ありがとう、志野子さん」


 言葉以上に、伝わる温度があった。

 だけど。ときどき風が吹いて、志野子の髪が頬をかすめる。
 惟道は、その髪をそっと払おうと手を伸ばしかけ――やめた。

 まだ、触れてはいけない。
 けれど、遠くない未来には、きっと。

 灯りの下で揺れる影。
 それは、確かに寄り添っていた。