春は、香りとともに。




 「惟道さん……」


 志野子は、その名前を、今までよりも少しだけ柔らかく呼んだ。


 「わたし……誰かの特別になるなんて、思っていなかったから。当時のあんな華やかな時代が終わって、何もかもなくして、いまの暮らしもやっとで……そんなわたしが、誰かに想われていいのかまだよくわからないのです」


 惟道は、黙って耳を傾けていた。
 そして、優しく微笑んだ。


 「それでも、わたしは……あなたを想います。許されるなら、これからもずっと、想い続けたい」


 その言葉に、志野子の目からふわりと涙がこぼれた。
 けれど、それは悲しみではなかった。