春は、香りとともに。




 朝方、志野子は、惟道と連れ立って近くの市場へ出かけた。
 春の気配は日ごとに強くなり、街角の花屋に並ぶ苗木には、小さな若葉がきらめいている。


「今日は味噌と、干し椎茸を少し買っておきたいと思って」

 「ええ、道明寺粉も見ておきましょうか。季節ものの和菓子に使えるかもしれません」


 ふたりの会話は穏やかで、長屋暮らしとは思えぬほど落ち着いていた。
 春ノ市の日から数日。誕生日の簪はまだ一度も使っていないけれど、志野子の心の奥には、ずっと灯りがともったままだった。

 市場の通りを歩いていた、そのときだった。



 「――おや……志野子、お嬢さま?」