***
部屋の灯りが、ほのかに揺れていた。
志野子はそっと膝を進め、惟道の方へ身を向けた。
惟道は、箱から簪を手に取った。
「……差しても、いいですか?」
志野子は少し迷い――そして、そっと首を振った。
「……あの、もう少しだけ……その……気持ちの準備を……」
唇が震えていた。
惟道は、無理に差すことはしなかった。
ただ、静かに彼女の手に簪を戻した。
「では、いずれ。……そのときは、あなたの髪にふさわしいように」
そのやさしさに、志野子は胸がいっぱいになった。
言葉にならず、けれど、笑みだけがこぼれてしまう。
その夜。
志野子は、簪の入った箱を布にくるみ、枕元に置いた。
桜の花の細工が、灯りに照らされて柔らかく輝く。
(誕生日に、こんなにあたたかい気持ちになれるなんて)
彼の指が、すぐそばにあったこと。
手を取られそうになったこと。
だけど、取られなかったことも――すべてが、今夜の宝物だった。
「……今夜の灯りは、ずっと暖かい気がします」
つぶやいたその声は、静かに夜の帳にとけていった。



