春は、香りとともに。




 ふたりはまた、よるに縁側に並んで座っていた。
 春の風は少しだけ温んでいて、手袋なしでも、手を置く板が冷たくはなかった。

 惟道は、ふと口を開いた。


 「志野子さん。私が……この長屋にあなたを迎えたとき、本当は、心のどこかで不安がありました」

 「不安、ですか?」

 「はい。私は、誰かと一緒に暮らすことに、向いていないと思っていたのです。ひとりでいることが当たり前で、寂しさにも慣れていた。
  いや、寂しさに“鈍感”だったのかもしれません」


 志野子は静かに彼を見つめていた。


 「けれど――あなたがこの家にいて、台所にあなたがいて、布を裁ち、針を運び、私に声をかけてくれることで、私は初めて、“生活”というものに色があることを知りました」


 惟道は、そっと志野子の手を取った。