春は、香りとともに。




 翌朝、志野子は早起きして台所に立った。
 窓を開けると、雨上がりの空気がすうっと入ってくる。

 惟道の湯呑を見て、昨夜の言葉を思い出す。


 (……わたし、かけがえのないひと)


 その言葉は、まだ胸の奥でじんわりと温かく、名残のように息づいていた。

 鍋から立ちのぼる湯気の向こう、
 ふたりの新しい春が、ほんのりと芽を出していた。