春は、香りとともに。




 「わたしは、結局何も守れませんでした。
  夫婦生活も冷たくて、互いに顔を合わせない日々がほとんどでした。夜を一緒に過ごしたことありません。だから子どもも出来なくて、戦時中『人口政策確立要綱』が施行されて産めよ増せよとスローガンが掲げられて母にも義母にも女として失格の証印を押されました。とても悲しくて悔しかった。でも、終戦とともにそれは全てがひっくり返りました」


 当時の私の気持ちを誰かに言うのは初めてだ。あの時はそんなことを思うことすら罪だったのだ。


「……新しく出来た憲法で華族制度が廃止され、持っていた身分はなくなりました。私がずっとずっと守ってきたすべてを人生そのものを否定された気がしました。だけど、人が平等になる上でそれは仕方ありません」


仕方ないのはわかっている。だけど、私が今まで守らなくてはいけないと気を張って夫が振り向いてくれなくても冷たくされても母や義母に責められても頑張って来たのはなんだったのか。


「新しい憲法に出来た財産税によって全てを売るしかないくらいに追い込まれました。もとより借金ばかりだった家は没落し、家も土地も手放しました。その後、わたしは、籍を抜かれる形で離縁されました。夫は、思いを寄せていた女性と子を作っていたのです。跡継ぎはいる、君はもういらないと身分もないのだからと離縁しても問題ないのだと追い出されました。……だけど、セツがいた。いなかったら私は路頭に迷いの垂れ死んでたと思います」