春は、香りとともに。




 食卓には、味噌汁と焼き魚と、少し焦げた卵焼き。
 けれどその香りは、どこかやさしくて、志野子は思わず微笑んだ。


 「……おいしいです」

 「それは何よりです」


 ふたりは、笑った。

 何気ない、ささやかな食卓。
 けれどその静けさのなかには、前夜に交わされた
 “言葉以上の約束”が、たしかに残っていた。

 惟道はふと、志野子の湯呑に手を添える。


 「……志野子さん。これからも、どうか自分を大切にしてください」

 「……はい。わたし、もう逃げません。ここで生きていくことを、ちゃんと選びたいんです」


 彼の目に映る自分は、
 少しだけ、自信を持った女になっている気がした。