春は、香りとともに。

 
 

  惟道の掌が、そっと志野子の頬をなぞる。その温もりに、志野子の心の防波堤が、静かに崩れていった。


「……わたし……ほんとうは、怖かったんです」


 ぽつりと、志野子は言った。
  

 「お針子として、人に必要とされるのは嬉しくて……でも、それがなかったら、わたしはここにいてはいけないのではって。今でも時々、そう思ってしまうんです」


 惟道は何も言わずに、ただじっと志野子の声を聞いていた。
 その沈黙が、かえって彼女を安心させた。


 「わたしが、わたしでいることを……誰かに許してもらえるなんて、思っていなかった」