春は、香りとともに。




 目を覚ましたとき、そこは布団の中だった。

 見慣れた天井、静かな部屋の中に、ただ一人。
 けれど、すぐそばに感じる気配に気づいて、志野子は首を向けた。


 「……先生」


 惟道が、彼女の手を握っていた。


 「ごめんなさい……起こしてしまって」


 その声はかすれていたけれど、確かに彼の耳に届いた。

 「……起きていたんです。心配で」


 その言葉に、胸がつん、と痛んだ。


 「大したことはありません。ただ、少し疲れていただけで……」

 「いいえ。あなたはずっと、無理をしていたんですね。誰のためでもなく、“私のため”に」
 

 その声は、決して責めてなどいなかった。
 むしろ、痛ましいほどに優しくて、志野子は思わず目をそらした。


 「……わたし、ここにいていいのか、ずっとわからなかったんです」
 

 それは、彼女が胸に秘めていた本音だった。
 どれほど感謝されても、どれほど優しくされても、
 心の奥では、自分が“いてもいい存在”なのか自信がなかった。