春の気配が、ようやく町に差し込み始めていた。
けれどその日差しは、まだか細く頼りない。
縁側に座る志野子は、膝の上に広げた反物にそっと針を落としていた。
依頼されたのは、町の女将さんの孫の入学式に着せる羽織。
朱がかった菊模様に、淡い白の綿が重ねられている。
「……少しだけ、仕上げを急がないと」
自分にそう言い聞かせながら、針を進める。
けれど、いつもなら難なく通るはずの布が、今日は指にひっかかるようだった。それに、なんか二重に見える……
(……あれ?)
目の奥がじわりと痛んだ。
眩暈のようなものが、ふと視界を揺らす。
それでも志野子は、唇を結んで手を止めなかった。
(今夜までに仕上げておかないと。先生の時間を邪魔したくないし――)



