春は、香りとともに。




「志野子さん。私はね、あなたが縫う針の音が好きです」

 「え……?」

「真剣に、何かを形にしようとする音。
 それは、命の音と同じです。
 あなたの針は、人を包み、繋ぎ、あたためる」


 志野子は、目を見開いたまま言葉を失った。


「私は、そういう人と共に過ごせていることを……誇りに思っています」


 その言葉に、胸の奥で何かが溶けた。
 まるで、誰にも言われたことのない部分を、そっと撫でられたようだった。


「ありがとうございます、先生……」
 

 ぽつりと涙がこぼれそうになったが、志野子は微笑んだ。


「……わたしも、ここで生きていきたいです。
 名もない暮らしでも、手を動かして、人と繋がって……
 あなたの傍で、役に立てるなら、どんな日々も誇りにできます」


 惟道は、その言葉に目を伏せ、ゆっくりと頷いた。


「君がそう言ってくれて、救われました」