春は、香りとともに。





  ***

 
 昼過ぎ。
 志野子が糸を巻き直していたとき、惟道が襖の向こうから声をかけた。


「志野子さん、少し……お時間、いただけますか?」


 思わず息が詰まりそうになったが、志野子は膝の上の布をそっと畳み、うなずいた。


「……はい」


 ふたりは縁側に並んで腰を下ろした。
 風に揺れる簾の向こうでは、遠くの竹林がざわめいていた。


 ふたりの会話のあと、惟道は部屋に戻り、志野子は台所に立った。
 炊き込みご飯の湯気がゆらゆらと立ちのぼり、それをぼんやり見つめながら、胸の奥で何度も同じ言葉が回っていた。


 ――『君とだから、もう一度、生きてみようと思えた』


 「これは、過去ではなく――“今”の君に芽生えたもの」


 (あの人は、私をちゃんと“私”として見てくださっている)