朝。雨はすっかり上がり、空は淡く晴れ始めていた。
木々の葉の間を抜ける風が心地よく、洗い立ての空気を運んでくる。
志野子は台所の前に立ち、指先に意識を集中させるようにして包丁を動かしていた。
味噌汁の具を刻みながら、心の奥では昨日の言葉が何度もリフレインしていた。
――『私は、あなたにしか感じない気持ちを抱いています』
惟道の静かな声。
それが頭に浮かぶたび、手元が熱くなる。
(どうして……こんなに、胸が苦しいのに、こんなにも嬉しいのだろう)
まるで水面に映る光のように、胸の奥がふわりときらめいたり、揺れたりしていた。
「志野子さん、おはようございます」
背後からかけられた声に、志野子は小さく肩を震わせた。
包丁を置き、振り向くと、惟道が昨夜よりも穏やかな表情で立っていた。
「お加減は、もう……?」
「はい、おかげさまで。熱もすっかり引きました。今朝は、ご飯の香りに目が覚めましたよ」
その穏やかな口調に、志野子は目を伏せながらも、思わず微笑んでしまう。
(いつもの先生……でも、どこか、少しだけ違う)



