この恋にルールは必要ですか?

第9話「ふたりで迎える、夏の終わり」


【駅ホーム・朝7時・8月下旬】


夏の終わりの朝。まだ少し眠そうな表情の茜が、カジュアルなワンピースにトートバッグを抱えて駅のホームに立っている。
電車がホームに滑り込んできたとき——

悠真
「……待たせた」


振り返ると、悠真が少し息を切らせながら現れる。ラフな私服姿はどこか新鮮で、大人っぽくもある。


「……いえ。こっちこそ、ちょっと早く着きすぎました」

悠真
「なら良かった。今日一日、よろしく」


「はいっ、よろしくお願いします」


ふたりが並んで電車に乗り込む。ドアが閉まり、ゆっくりと走り出す。



【郊外の古本屋街・午前10時過ぎ】


ふたりがやってきたのは、大学のある都市から電車で1時間半の場所にある静かな古本屋街。
法学書の古書店も多く、悠真が「昔から好きな場所」として選んだデート先だった。

悠真
「ほら、この通り、全部本屋なんだ。しかも、専門書に強い」


「すごい……落ち着いてて、なんだか時間がゆっくり流れてる感じがします」

悠真
「大学に入ってから、一度来たいと思ってた。でも一人だと、こういうのってもったいなくて」


「……誘ってくれてありがとうございます。私も、知らない世界を見られて嬉しいです」


ふたりが店の中に入ると、レトロな法学書がずらりと並ぶ。
背表紙を指でなぞりながら、ふたりは同じ棚の前に並ぶ。

悠真
「この“判例百選”、初版。今のと比べると表現も違ってて面白いよ」


「先輩、テンション高いですね……でも、ちょっとわかるかも。こういうのって、“使うための本”じゃなくて、“見つける本”って感じします」

悠真
「……茜、やっぱりいいセンスしてる」


「ほ、褒めすぎです……!」



【河川敷のベンチ・昼過ぎ】


昼食を済ませたふたりは、川沿いのベンチに座って休憩している。
蝉の声と水の音が混じる中、緩やかな夏の風が吹いている。

悠真
「今日みたいな日は、なんか……何も考えたくなくなるな」


「……先輩にも、そんなふうに力を抜ける時間、あるんですね」

悠真
「君といるときだけね。……無理しなくて済む」


茜は視線を川に向けたまま、少しだけ照れくさそうに口を開く。


「……私もです。なんか、“頑張らなくちゃ”っていつも思ってるけど、先輩といるときだけ、力が抜けるっていうか……素のままでいい気がします」

悠真
「そう言ってもらえるの、すごく嬉しい」


沈黙。
でも、それは心地よい“共有された時間”。


【カフェ・夕方5時前】


帰りの電車を待つ前、ふたりは小さなカフェに立ち寄る。
静かな音楽が流れ、ほかに客はひと組だけ。


「……今日が終わるの、ちょっと寂しいですね」

悠真
「じゃあ、また行こうか。“大学の外”にも、いろんな世界があるんだって、君にもっと見せたい」


「……嬉しいです」


そして、ふたりは黙ってコーヒーを飲む。
言葉のいらない時間。夏の終わりの、特別な余韻。



【帰り道・電車の中・午後6時】


日が落ち始めた車窓を眺めながら、茜は頬杖をついている。
その肩に、そっと悠真が自分の肩を寄せる。

悠真
「眠くなってきた?」


「……少しだけ。ちょっとだけ、こうしててもいいですか?」

悠真
「うん。俺も、もう少しこのままでいたい」


窓の外を流れていく景色。ふたりの距離は言葉より近く、
そして静かに、“恋人”という言葉に近づいていく。