第7話「夏休みと、ふたりだけの図書館」
【大学図書館・夏休み初日・午前10時】
夏休み初日。キャンパスは普段より静まり返っていて、図書館にはまばらな学生しかいない。
そんな中、茜はエアコンの効いた閲覧室で、ノートと六法を広げている。
しばらくして、軽くドアが開く音。悠真が小さな紙袋を手にして入ってくる。
悠真
「おはよう。ちょっと遅れた。これ、コンビニで買ってきた」
茜
「えっ、ありがとうございます……これ、アイスコーヒー?」
悠真
「うん。君、ホット派かもしれないけど、今日は暑いだろ」
茜
「嬉しいです。冷たくて、生き返ります……」
ふたりの間に静かで穏やかな空気が流れる。
夏の光が窓から差し込み、ページの文字を淡く照らしていた。
【図書館閲覧席・午前10時半】
勉強会が始まって30分。六法とプリントに囲まれながら、茜は真剣な顔で問題に取り組んでいる。
茜
「……ここって、“意思能力”と“行為能力”の違いが問われてますよね? でも、未成年の場合、どう整理するんだっけ……」
悠真
「いい視点。で、“取消権”の発動条件は?」
茜
「えっと……契約をしたときに、未成年であること、親の同意がないこと……」
悠真
「正解」
悠真の声は優しく、でも明確。茜は自然と頬を緩める。
茜
「……こうして一緒に勉強するの、変な感じですね。ゼミではあんなに遠く感じたのに」
悠真
「君が少しずつ近づいてきたんだよ」
茜
「えっ……?」
悠真
「距離って、物理じゃなくて、“意識”の問題だから」
茜は思わずノートを閉じ、照れくさそうに笑う。
茜
「……先輩って、たまに言葉が不意打ちすぎます」
悠真
「法律はタイミングが命だから」
【図書館・お昼前・静かな空気の中】
静けさのなかで、ページをめくる音と、たまに聞こえる微かな笑い声。
ふたりは勉強の合間に、学生生活のこと、将来のことを話し始める。
茜
「私、最初は“法律って冷たい世界”って思ってたんです。数字や条文に感情なんてないって。でも今は……違う気がしてて」
悠真
「それは……君が“法律の中の人”になってきた証拠だと思うよ」
茜
「“中の人”……」
悠真
「自分の言葉で、法を語るようになったら、もう立派な一員だってこと」
そのとき、茜のスマホが短く振動する。
表示された名前は——相馬 拓真。
茜(心の声)
(また……高校の友達って、こんなに気軽に連絡くるものだっけ……)
メッセージを読まずにスマホを伏せる茜。
悠真がその様子に気づき、何も聞かずに隣で静かに微笑む。
悠真
「夏休みって、気持ちが揺れる時期でもあるんだよね。再会とか、期待とか、過去とか」
茜
「……過去、ですか」
悠真
「でも、それが悪いわけじゃない。過去があるから、今の選択ができる」
茜
「……私、今の“選択”は間違ってないと思ってます」
悠真
「じゃあ、自信を持って」
ふたりの視線が重なる。
教室でもない、家でもない。夏の大学図書館という、誰にも邪魔されない場所。
この距離感が、たまらなく心地いい。
【図書館外・午後1時・建物の陰】
図書館を出て、キャンパスの木陰にふたりで並んで歩く。蝉の声が、まるで背景音のように鳴り響いている。
茜
「……勉強って、こんなに“誰かと一緒にやると楽しい”って思えるんですね」
悠真
「うん。俺もそう思った」
茜
「でも、私たち……来年には、きっと今と全然違うところにいるんですよね。進路とか、就職とか、ゼミの専門とか」
悠真
「そうだな。けど——」
悠真が立ち止まり、茜の正面に立つ。
悠真
「来年の今頃も、“君となら話したい”って思ってると思う」
茜
「……え?」
悠真
「未来のことなんて、誰にもわからない。でも、“そうなったらいいな”って思える人がいるって、貴重なことだろ」
茜の胸の奥が、夏の陽射しみたいにあたたかくなる。
茜(心の声)
(たぶん今、私の中で何かが確かになった気がする)
【大学図書館・夏休み初日・午前10時】
夏休み初日。キャンパスは普段より静まり返っていて、図書館にはまばらな学生しかいない。
そんな中、茜はエアコンの効いた閲覧室で、ノートと六法を広げている。
しばらくして、軽くドアが開く音。悠真が小さな紙袋を手にして入ってくる。
悠真
「おはよう。ちょっと遅れた。これ、コンビニで買ってきた」
茜
「えっ、ありがとうございます……これ、アイスコーヒー?」
悠真
「うん。君、ホット派かもしれないけど、今日は暑いだろ」
茜
「嬉しいです。冷たくて、生き返ります……」
ふたりの間に静かで穏やかな空気が流れる。
夏の光が窓から差し込み、ページの文字を淡く照らしていた。
【図書館閲覧席・午前10時半】
勉強会が始まって30分。六法とプリントに囲まれながら、茜は真剣な顔で問題に取り組んでいる。
茜
「……ここって、“意思能力”と“行為能力”の違いが問われてますよね? でも、未成年の場合、どう整理するんだっけ……」
悠真
「いい視点。で、“取消権”の発動条件は?」
茜
「えっと……契約をしたときに、未成年であること、親の同意がないこと……」
悠真
「正解」
悠真の声は優しく、でも明確。茜は自然と頬を緩める。
茜
「……こうして一緒に勉強するの、変な感じですね。ゼミではあんなに遠く感じたのに」
悠真
「君が少しずつ近づいてきたんだよ」
茜
「えっ……?」
悠真
「距離って、物理じゃなくて、“意識”の問題だから」
茜は思わずノートを閉じ、照れくさそうに笑う。
茜
「……先輩って、たまに言葉が不意打ちすぎます」
悠真
「法律はタイミングが命だから」
【図書館・お昼前・静かな空気の中】
静けさのなかで、ページをめくる音と、たまに聞こえる微かな笑い声。
ふたりは勉強の合間に、学生生活のこと、将来のことを話し始める。
茜
「私、最初は“法律って冷たい世界”って思ってたんです。数字や条文に感情なんてないって。でも今は……違う気がしてて」
悠真
「それは……君が“法律の中の人”になってきた証拠だと思うよ」
茜
「“中の人”……」
悠真
「自分の言葉で、法を語るようになったら、もう立派な一員だってこと」
そのとき、茜のスマホが短く振動する。
表示された名前は——相馬 拓真。
茜(心の声)
(また……高校の友達って、こんなに気軽に連絡くるものだっけ……)
メッセージを読まずにスマホを伏せる茜。
悠真がその様子に気づき、何も聞かずに隣で静かに微笑む。
悠真
「夏休みって、気持ちが揺れる時期でもあるんだよね。再会とか、期待とか、過去とか」
茜
「……過去、ですか」
悠真
「でも、それが悪いわけじゃない。過去があるから、今の選択ができる」
茜
「……私、今の“選択”は間違ってないと思ってます」
悠真
「じゃあ、自信を持って」
ふたりの視線が重なる。
教室でもない、家でもない。夏の大学図書館という、誰にも邪魔されない場所。
この距離感が、たまらなく心地いい。
【図書館外・午後1時・建物の陰】
図書館を出て、キャンパスの木陰にふたりで並んで歩く。蝉の声が、まるで背景音のように鳴り響いている。
茜
「……勉強って、こんなに“誰かと一緒にやると楽しい”って思えるんですね」
悠真
「うん。俺もそう思った」
茜
「でも、私たち……来年には、きっと今と全然違うところにいるんですよね。進路とか、就職とか、ゼミの専門とか」
悠真
「そうだな。けど——」
悠真が立ち止まり、茜の正面に立つ。
悠真
「来年の今頃も、“君となら話したい”って思ってると思う」
茜
「……え?」
悠真
「未来のことなんて、誰にもわからない。でも、“そうなったらいいな”って思える人がいるって、貴重なことだろ」
茜の胸の奥が、夏の陽射しみたいにあたたかくなる。
茜(心の声)
(たぶん今、私の中で何かが確かになった気がする)



