第6話「オープンキャンパスと不意打ちの再会」
【法学部棟・オープンキャンパス準備室・午前10時】
夏のオープンキャンパス当日。大学構内には、高校生や保護者の姿があちこちに見える。
茜は、法学部の案内係として学生スタッフのTシャツを着て、緊張した様子で準備室に立っていた。
スタッフ上級生
「水城さん、今日の午前は模擬講義の誘導、午後はゼミ紹介のパネルトークの担当ね。よろしく!」
茜
「はい、よろしくお願いします!」
ト
そこへ、少し遅れて悠真がやってくる。Tシャツではなく、ジャケットを羽織り、軽く手を振って茜に声をかける。
悠真
「お、ちゃんと似合ってるな。スタッフ感、満載」
茜
「うっ……ちょっと恥ずかしいですね、このTシャツ……でも、がんばります!」
悠真
「見に来た高校生に、“大学っていいかも”って思わせられたら、合格」
【法学部棟前・構内誘導中・午前11時15分】
模擬講義の誘導を終えた茜が、ホッと息をついていると——ふと、あるグループの中に懐かしい顔を見つけて固まる。
そこにいたのは、相馬 拓真(そうま・たくま)。茜の高校の同級生で、かつて同じ弁論部にいた男子だった。
拓真
「……え、水城? マジで?」
茜
「えっ……相馬くん?」
高校時代より背が伸び、垢抜けた印象になった拓真。茜は驚きつつも、ぎこちなく笑う。
拓真
「えー、びっくり。まさか、大学で案内される側じゃなくて、案内“する”側で再会するとか思わなかったわ」
茜
「私こそ。進路、法学部志望だったの?」
拓真
「うん、そっち系に気持ち傾いててさ。けど、まさか“水城茜”がここにいるとは……」
茜
「……昔と変わらず、口の回転は速いね」
拓真
「褒め言葉として受け取っておく」
懐かしい空気が、一瞬でふたりを包み込む。
【法学部棟・ゼミ紹介パネル前・午後1時】
昼の時間帯。茜はパネル展示の前で、民法ゼミの紹介をしていた。
拓真がひとりでふらりと現れる。
拓真
「こういうの、説明するの得意そう。相変わらず“論理”より“情熱”で話すタイプ?」
茜
「うるさいな……一応、ちょっとは成長したつもりだけど」
拓真
「けど、雰囲気は変わった。……いや、変わってないのかもしれないな」
言葉の裏にある、少しだけ含みのあるまなざし。
茜は照れくさそうに、説明資料を握りしめる。
茜
「私、まだここで始まったばかりだけど、すごく楽しいよ」
拓真
「……そうか。なんか安心した」
そのとき、少し離れた場所から悠真が茜のほうを見ている。
彼の視線の先には、旧友と親しげに会話をする茜の姿。
悠真の手にあるパンフレットが、やや力強く折り曲げられる。
【法学部棟・パネル終了後・午後3時】
展示時間が終わり、スタッフが撤収作業を始めるなか、茜は拓真に呼び止められる。
拓真
「なあ、水城。今日、案内してくれてありがとな。……このあと、ちょっと話せない?」
茜
「え?」
拓真
「久しぶりだし……高校の話も、進路の話も、もっとしたくて」
迷う茜。そこへ、後方から悠真が歩いてきて、ふたりの間に静かに割り入る。
悠真
「……水城さん、撤収作業、あと少しだけ手伝ってもらってもいい?」
茜
「え、あ……はい!」
拓真が少し驚いたように悠真を見る。
拓真
「先輩……ですよね?」
悠真
「ええ、朝倉です。ゼミでお世話になってます」
どこか探るような視線を交わすふたり。
悠真の落ち着いた口調には、微かに張りつめた空気が宿っていた。
【構内裏手・備品室前・午後3時半】
備品室前のベンチ。撤収作業を終えた茜が、やや息を切らして座っている。
悠真が隣に腰を下ろす。
悠真
「さっきの人……高校の同級生?」
茜
「うん。弁論部で一緒だった子。びっくりした……まさか、来るなんて」
悠真
「そうか……」
沈黙。
茜は、意を決したように悠真のほうを見る。
茜
「先輩……もしかして、ちょっと不機嫌でした?」
悠真
「……そう見えた?」
茜
「はい。たぶん、私だから気づいちゃったんだと思います」
悠真が目を伏せ、少しだけ苦笑する。
悠真
「……自覚ある。なんか、自分でも驚くくらい、つまらないことで気持ちが揺れてた」
悠真
「でも、それってもう、“気持ちがある”ってことなんだろうなって思ってた」
茜の胸が、ふわりと熱くなる。
茜
「……私、まだ気づけてないって思ってたけど……今日、ちょっとだけ、わかった気がする」
ふたりの距離が、ほんの少しだけ近づく。
大学の空は、高校時代とは違う色をしていて——でも、心の一部には、ずっと続いている記憶もあった。



