第3話「この距離感は、ルール違反ですか?」



【法学部棟・民法ゼミ教室・午後2時】


民法ゼミの2回目。教授から新たな課題が言い渡される。今回はグループディスカッション形式でのレポート提出となり、学生たちは2人1組でペアを組むことに。

教授
「テーマは『契約自由の限界について』。グループ分けは、すでにこちらで組んでおいた。名簿順に隣同士、席を移動するように」


茜は思わず、悠真の方を振り返る。が、彼は茜よりも2席前に座っている。茜の右隣に座っていたのは……


——三枝 輝だった。


「……よろしく。なんか、偶然だね」


「あ……はい、よろしくお願いします……」

茜(心の声)
(どうしよう……気まずいかも……)


【法学部ラウンジ・ゼミ後・午後3時半】


ゼミ終了後、三枝と茜はラウンジのテーブルに資料を広げて打ち合わせを始める。


「“契約自由”っていうのは、つまり、誰とどんな契約を結ぶかを当事者が自由に決められるってこと。でも、それを制限する“限界”ってどんなときに生まれると思う?」


「えっと……たとえば、消費者保護の観点とか、社会秩序を守るためとか……?」


「うん、いい視点だね。意外と、感覚もロジックもバランスいいんだなって思った」


褒められて照れる茜。そこへ、ドリンクを買いに来ていた悠真が通りがかる。

ラウンジのガラス越しに、楽しそうに話す茜と輝の姿が見える。悠真はしばらく足を止めて、それを無言で見つめる。



【大学カフェテリア・翌日昼休み】


昼食をとる茜と梨乃。

梨乃
「へぇ~三枝くんとペア!? あの子、成績トップ層でしょ? いいなぁ、めっちゃ頭良さそうだし顔もいいし……」


「いやいや、ちょっと怖いくらいロジカルで……でもちゃんと話は聞いてくれるから、意外とやりやすいかも……」

梨乃
「ふふ、なんか楽しそうじゃん。で、先輩とはどうなの?」


「先輩? 悠真先輩は……うーん、“特別な人”って感じかも」

梨乃
「“好き”とかじゃなくて?」


「ちがう! そういうのじゃ……ないと思う……たぶん」


茜の表情に浮かぶ迷い。梨乃はその様子を見て、ニヤリと微笑む。


【大学図書館・土曜午後】


週末。茜と三枝はレポートのために図書館で資料探しをしている。


「ここの論文、すごく参考になる。読んでみる?」


輝が茜の方に身を寄せ、同じ資料に目を通す。自然と肩が触れ合いそうになる距離。

茜(心の声)
(ちょ、ちょっと近い……!)


「……もしかして緊張してる?」


「え、そ、そんなことないよ!」


「俺、わりと単刀直入に聞くタイプなんだけど——朝倉先輩のこと、好きなんでしょ?」


「なっ……!」


「雰囲気でなんとなくわかるよ。俺と一緒にいるとき、たまに後ろ気にしてるし」


「……べ、別に、そういうんじゃ……」


「じゃあ、俺が今“いいな”って思ってるって言ったら、迷惑?」


茜が固まる。まっすぐな視線の輝。それを見ていた悠真が、偶然通りかかる——いや、実は偶然ではなかった。

悠真(モノローグ)
(……やっぱり、気になる。あの子が、他の誰かと並んでるのを見るのが)



【図書館外の芝生・夕方】


資料探しの後、ふたりで芝生に腰を下ろして一休みする茜と輝。


「……でもさ、今すぐ答えてくれなくていいよ。レポート終わったら、また考えて」


「……ありがとう。でも、やっぱり今は、勉強に集中したいから」


「うん、そう言うと思った。じゃあ、次のディスカッション、バチバチにやろうぜ」


「ふふっ……うん」



【民法ゼミ教室前・週明け・午後1時半】


ゼミが始まる前、悠真が待ち合わせていたかのように茜の前に立つ。

悠真
「水城さん。少し話せる?」


「はい……」

悠真
「この前、図書館で……三枝くんと一緒にいたの、見かけた。彼、君に気があるよね?」


「……はい、でも、私はまだ……」

悠真
「だったら——」


悠真が一歩だけ茜に近づく。ふだんは落ち着いた彼の目が、珍しく真剣に揺れている。

悠真
「だったら……もう少し、俺ともちゃんと話してくれない?」


茜の目が見開かれる。距離は、ほんの数歩。けれど心の距離は、それよりずっと近づいた気がした。