第2話「ゼミ説明会、恋の論点はどこですか?」



【法学部棟・ゼミ説明会会場・午後1時】


新入生向けゼミ説明会の日。各ゼミの紹介ブースが並び、学生たちがパンフレットを手に情報を集めている。


茜は手帳と資料を抱え、緊張した面持ちで会場を見渡す。

茜(心の声)
(先輩が言ってた“民法ゼミ”、すごく人気って聞いたけど……)
(あ……いた!)


奥のテーブルで、説明スタッフとして立っていたのは、見覚えのある姿——朝倉悠真。


彼は後輩たちに丁寧に説明をしている。その話しぶりは落ち着いていて、周囲の学生からも注目されている。



【民法ゼミブース前・午後1時半】


茜が列に並び、順番が近づく。前の女子学生たちが悠真に話しかけ、きゃっきゃと笑っている。

茜(心の声)
(あんなふうに話せたらいいのに……いや、私は“志望理由”をちゃんと聞きたいだけ!)


茜の番が来ると、悠真が目を細めて微笑む。

悠真
「来たんだね、水城さん。民法ゼミ、興味ある?」


「はい。ルールの“根拠”をしっかり学びたくて……昨日、先輩に言われたこと、すごく印象に残ってて」


悠真が少しだけ目を見開く。すぐに、真剣なまなざしでパンフレットを差し出す。

悠真
「なら、ここはきっと合ってる。教授は厳しいけど、論理と実践の両方を教えてくれるから」


「……ありがとうございます。受けてみます!」



【大学カフェテリア・午後3時】


説明会の後、茜は学部棟のカフェテリアで友人の梨乃と合流していた。

梨乃
「えっ、民法ゼミ!? あそこ倍率やばいって聞いたよ」


「うん。でも、なんか……自分の力で選びたいって思ったの」

梨乃
「……ふふ、もしかしてさ、それって“朝倉先輩”の影響じゃないの?」


「えっ!? ち、ちがうよ! そんなわけ——」

梨乃
「嘘つけー! 顔、赤いもん!」


茜、両手で頬を押さえながら首を振る。


「ただ、ちゃんと尊敬できる人がいるって、ありがたいなって……思っただけ……」



【法学部棟・教務掲示板前・数日後・午前11時】


ゼミ選考の結果が張り出される日。掲示板の前には学生が群がり、歓声やため息が飛び交う。


茜が掲示板に駆け寄り、受験番号を探す。

茜(心の声)
(あった……! 受かってる!)


喜ぶ茜の横で、ひときわ背の高い男子学生が、同じく番号を見てほほ笑んでいた。


彼の名は三枝 輝(さえぐさ・ひかる)。法学部1年、東大模試上位常連という噂の秀才で、学部内では早くも目立つ存在。


「君も合格組?」


「えっ、あ……はい」


「よかったら、今度のゼミ説明、いっしょに行かない? 初回って緊張するだろうし」


突然の申し出に戸惑いながらも、茜は礼儀正しく微笑む。


「えっと、ありがとうございます。でも、大丈夫です。先輩がいるので」


「……そっか。じゃあ、またね」


輝は軽く手を挙げて去っていく。茜はどこか気まずそうにその背を見送る。



【民法ゼミ教室・初回ゼミの日・午後4時】


小さめのゼミ教室。緊張気味の新入生たちと、堂々と座っている悠真たち上級生。

茜が教室に入ると、悠真と目が合う。

悠真
「来たね。おめでとう、水城さん」


「ありがとうございます。……先輩がいたから、迷わず決められました」

悠真
「選んだのは君自身だよ。俺は背中押しただけ」


その言葉に、茜の表情がぱっと明るくなる。



【ゼミ後・中庭ベンチ・午後5時すぎ】


ゼミが終わり、茜は校舎前の中庭ベンチで一息ついていた。そこへ、悠真が飲み物を持って現れる。

悠真
「おつかれ。初回にしては、なかなか良かったよ」


「でも、まだ全然わかってなくて……」

悠真
「最初はみんなそう。大事なのは“自分で考えよう”とすること。君は、それができてる」

茜(心の声)
(“君は、できてる”——また、その言葉……)
(この先輩の言葉は、いつもちゃんと心に届く)


ふたりの間に、夕暮れの風が吹く。キャンパスの木々がざわめき、大学生活のページが、また一つめくられたような静けさが流れる。