第11話「学祭と、過去からの手紙」



【大学キャンパス・学園祭初日・午前10時】


初秋の風が心地よい土曜日。
大学の学園祭が始まり、キャンパス内には一般来場者の姿もちらほら。
法学部の企画ブースには、模擬裁判や法教育ワークショップなど、少し堅めの内容も並んでいる。


茜は、学生スタッフのネームプレートをつけて受付に立っている。

茜(心の声)
(この大学に入った頃は、こんなふうに“表に立つ”なんて、自分には無理だと思ってた)

(でも今は——)

悠真(後ろから声)
「水城さん、かっこいいな。背筋が伸びてる」


「先輩……あっ、朝倉さん。やめてください、急に真面目モードになるの」

悠真
「すみません、“彼氏”っぽい呼び方、慣れてなくて」


ふたりは顔を見合わせ、ふっと笑う。


【模擬裁判教室・午前11時半】



模擬裁判のプログラムが始まり、来場した高校生や保護者たちが教室に集まってくる。
茜は受付、悠真は解説担当としてそれぞれの役割をこなしている。

女子学生A(スタッフ)
「朝倉先輩ってやっぱりすごいですね。法廷で話すと、空気が変わるっていうか……」

女子学生B
「水城さんと付き合ってるって聞いたとき、ちょっとびっくりしたけど、なんかわかるかも。あのふたりって、距離感が自然っていうか」


茜はその会話に気づきながら、わざと聞こえないふりをしてパンフレットを配る。

茜(心の声)
(“自然な距離感”。……それって、嬉しい言葉だ)



【大学構内・昼休み・屋台通り】


お昼時。構内は出店の屋台でにぎわいを見せている。
茜と悠真は少し離れた木陰のベンチで、焼きそばとからあげをシェアしている。

悠真
「お祭りのときくらい、カロリーなんて気にしなくていいんだよ」


「でも、明日ゼミの発表準備あるじゃないですか。資料作りながら後悔する未来が見える……」

悠真
「じゃあ、そのときは一緒に後悔する。俺も夜に付き合うから」


茜が驚いたように悠真を見る。


「……本当に、私にだけ“優しい”ですね」

悠真
「“恋人には無条件で優しくしたくなる”って、法で規定されてないけど、俺の中の常識なんだよ」


「そのルール、好きです」


【中庭・午後1時・休憩中】


スマホに新着の通知。
茜が画面を見ると、相馬 拓真からのLINE。

《今、大学ついた。少しだけ、顔見に行ってもいい?》

茜(心の声)
(……ちゃんと、けじめをつけなきゃいけない)


茜は深呼吸して返信を打つ。

《うん。今、中庭にいるから来ていいよ》



【中庭ベンチ・午後1時15分】


風が通り抜ける中庭に、相馬拓真が姿を現す。
高校時代と変わらない無邪気な笑顔——でも、目だけはどこか真剣だった。

拓真
「久しぶり。……って言っても、夏以来だけどさ」


「来てくれてありがとう。忙しい中……」

拓真
「いや、どうしても会っておきたかった。“最後にちゃんと話すために”って、思ってたから」


茜の表情が固くなる。そして、まっすぐに口を開く。


「私、今は朝倉先輩と付き合ってる。……もう、“好きだった過去”とは向き合い終わったの」

拓真
「……うん、聞いた。なんとなく、わかってた」


ポケットから一通の封筒を取り出す。

拓真
「これ、渡すかどうか迷ってたんだけど……受け取ってくれる?」


「……?」

拓真
「高校卒業のとき、書いた手紙。実は、あの頃渡せなかったやつ。
中身は……俺の気持ちそのまま。読んでも読まなくてもいい。
でも、今の君なら、もうちゃんと向き合える気がしたから」


茜は、そっと封筒を受け取る。


「ありがとう、相馬くん。……ちゃんと、大切にします」


ふたりの間に、過去との静かな別れの風が吹く。


【校舎裏の渡り廊下・夕方】


夕暮れ。ふたりきりの場所で、茜が封筒を手にして悠真の隣に立つ。


「……これ、相馬くんから、もらいました。高校のときの手紙。
読まなくてもいいって言われたけど、読もうと思ってます。
逃げたくないから」

悠真
「そうだね。それが君らしいと思う」


「……先輩、私が読んだあと、少し泣いたりしても、嫌いにならないでくださいね」

悠真
「そんなこと言わなくていい。むしろ、“過去にちゃんと向き合える君”を誇りに思うよ」


その瞬間、ふたりの距離が自然と近づく。
茜の指先が震えながらも、悠真の手にそっと触れる。


「……ねえ、先輩。私たち、“恋人”っていう言葉だけじゃ表せないような気がします」

悠真
「それなら、もっと強くて深い言葉を探していこう。ふたりで」


遠くで、打ち上げの花火がひとつだけ空に開く。
学祭の終わりと、ふたりの“これから”の始まりを告げるように。