きらめき夢界ものがたり ~ナナミと四つのカギ~

 窓の外は、まるで時間が止まったかのように、静まりかえっていた。
 校舎の外の桜の木も、風ひとつなく、花びらは一枚も舞わない。
 図書室に戻ったはずの菜々美は、自分の心臓の音だけを感じていた。

 「ここは……まだ夢界?」

 本のページは勝手にめくれ、塔の絵が大きくひらかれていた。
 そこから、薄紫のもやが立ちのぼり、菜々美を包みこむ。

 そして、気がつくとそこは、うす暗い山道の途中だった。
 山の上には、黒いとんがり屋根の塔がひとつ、天にむかってそびえている。

 「魔女の塔……だよね。最後のカギが、ここに……」

 菜々美がつぶやいたとき、背後から小さな足音が聞こえた。

 「やっぱり、あなたもここに来たのね」

 ふりむくと、そこには由香里がいた。
 彼女は少しだけ息を切らしながらも、落ち着いた様子で歩いてくる。

 「由香里……」

 「夢の本が、私にも開いたの。あなたが呼んでくれたのかと思って」

 「ううん、わたしも気づいたらここにいて……でも、一緒に来てくれてうれしい」

 由香里は微笑んだあと、すぐに表情を引きしめた。

 「この塔の中には“選択の部屋”があるって聞いたわ。誰かを思いやる気持ちがなければ、通れないんですって」

 菜々美は、由香里の言葉を聞いて思い出した。
 彼女はいつも、クラスで困っている子をさりげなく助けてくれる。
 でもその反面、文句もよく口にするから、誤解されることもあった。

 (気配りって、やさしさと紙一重なのかもしれない)

 ふたりは並んで、魔女の塔の入り口に立った。

 扉はひとりでに開いた。

 中は、まるで動く迷宮だった。
 壁が音もなくスライドし、行く手をどんどん変えていく。

 「これじゃ、ただ歩くだけじゃ進めない……」

 由香里がそう言ったとき、目の前にひとつの石板が浮かび上がった。

 その文字は、こう書かれていた。

 「道はひとつではない。どちらを選ぶかで、心が試される」

 その下には、次のような問題が記されていた。

 第一問
 あなたは、ある子にあげるおやつを持っている。
 でも、その子はきっと気づかないし、あなたもお腹がすいている。

 どうする?

 A 自分で食べる
 B 半分にわける
 C 全部その子にあげる

 由香里は、じっと石板を見つめた。

 「これって……わたしたちに“どう思うか”を聞いてるんだね」

 菜々美はすぐに言った。

 「わたしは、B。自分もおなかがすいてるけど、わけあえたらうれしいから」

 由香里はふっと笑って、うなずいた。

 「あなたらしいわね。私も、たぶん同じ」

 その瞬間、壁が音もなく開いて、次の部屋への通路が現れた。

 「正解はひとつじゃない。でも、選んだ“気持ち”が道をつくるってことか……」

 二人は通路を進んでいく。
 次の部屋には、今度は三つの扉が待っていた。

 扉の前に書かれていたのは、こんな問いだった。

 第二問
 友だちが間違ったことを言っていたら、あなたはどうする?

 A その場で指摘する
 B あとでそっと教える
 C 気づかないふりをする

 由香里が、少し悩んで言った。

 「どれも、正解じゃないように思えてきた……でも、たぶん、Bが一番相手を思いやれるかな」

 菜々美も同意してうなずいた。

 「やさしさって、タイミングも大事だもんね」

 Bを選んだ瞬間、またしても道がひらく。

 魔女の塔は、問いを重ねるごとに、少しずつ光を取り戻していた。