きらめき夢界ものがたり ~ナナミと四つのカギ~

 「……ありがとう。わたし、思い出したわ」

 マーメイドのひとりが、菜々美の前でそっと手を胸に当てた。
 そして、ひと呼吸おいてから、静かに歌い出した。

 ラララ ひかり こぼれて
 ながれる いのち つないで
 わたしは ここで うたう

 その声は、波のようにやわらかく、海の底全体にゆっくりと広がっていった。
 やがて、ほかのマーメイドたちも声を重ね、音のしずくが空間に満ちていく。

 「すごい……」

 菜々美は、心の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じた。
 さっきまでにごっていた海が、すこしずつ光を取りもどしていく。
 水は透きとおり、魚たちもまた元気に泳ぎはじめた。

 「歌は、心なんだな」

 海音が隣で小さくつぶやいた。
 その顔はいつもの落ち着いた表情だけれど、どこかほっとしたように見えた。

 「みんなが自分の声を信じて、つながったから……この世界も生きかえったんだね」

 そのとき、海の底にふしぎな振動が走った。
 海草がやさしくそよぎ、中央の岩がぱかりと割れて、小さな光が浮かび上がる。

 そこにあったのは、透明な貝殻の中にしまわれた、音符のかたちをしたカギだった。

 「これが……第三のカギ」

 菜々美がそっと手を伸ばすと、貝殻が自然に開き、金色の音符が指先に吸い込まれるようにしておさまった。
 その瞬間、彼女の胸の奥に、まるで誰かの想いが流れこんでくるような感覚が走った。

 それは「伝えたいのに、うまく言えなかった気持ち」
 「だれかと比べて、自分を小さく思ってしまった気持ち」
 そして、「もう一度、歌いたい」と願った気持ち。

 「このカギ……心の声をひらくカギなんだね」

 菜々美は静かにそうつぶやいた。
 すると、マーメイドたちが一斉に手をふり、ありがとうの微笑みを向けてきた。

 「菜々美、またきっと会える」

 その声が波に乗って届いたとき、海の世界がふたたび光に包まれた。
 そして菜々美は、カギを手にしたまま、そっと目を閉じた。

 場面がうつり変わる――

 次に彼女が目を覚ましたのは、図書室の静けさの中だった。

 あの「夢の本」は、机の上にそっと置かれていた。
 その表紙には、新しく三つの模様がきざまれていた。
 羽のカギ、バレエシューズのカギ、音符のカギ。

 「のこりは、ひとつ……」

 菜々美は、小さく深呼吸をした。

 でもそのとき――

 視界がぐらりとゆらいだ。
 胸のあたりが、ぎゅうっと苦しくなる。
 カギが光を放ったと思ったら、図書室の時計が急に止まった。

 そして本が、勝手にページをめくりはじめる。

 そこには、こう書かれていた。

 「最後の夢界では、心を試される試練が待つ」

 「え……?」

 ページの隅に小さく描かれた塔の絵。
 そのてっぺんには、暗い空を切りさくようにそびえる、魔女の塔の姿があった。