きらめき夢界ものがたり ~ナナミと四つのカギ~

 空の色が、変わっていた。

 さっきまできらきらと光にあふれていた夢界の空が、にわかに灰色に染まり始めていた。
 ゆっくりと、でも確実に。まるで遠くから忍びよる霧のように。

 「夢界の“心臓”が、弱っているんだよ」

 そうつぶやいたのは、夢の本から現れた案内役の声だった。
 姿は見えないけれど、その声は前と同じように、やさしくて、でもどこか急いでいた。

 「原因は、“否定の気持ち”。それは夢の世界にもっとも強く影響する。
 このままでは、夢界そのものが崩れてしまう」

 菜々美は、手の中に握っていた五つの“信頼の石”を見つめた。

 「わたしたちに、できることはあるの?」

 「君自身の記憶に、答えがある。
 この世界に、外から入りこんだ“黒い影”――
 それは、君がいちばん奥に閉じこめていた記憶のかけら」

 その言葉を聞いたとき、菜々美の胸に、ひやりとしたものが走った。
 見たくなかったもの。思い出したくなかったこと。
 ずっと心の奥にしまっていた、ひとつの記憶。

 「記憶の回廊」が開く。

 五人の足元に、夢界の大地が割れ、ゆっくりと下におりていく階段が現れた。
 それは、誰のものでもない、菜々美の記憶の中へと続く道だった。

 「一緒に行こう」

 由香里が、そっと手を差し出した。

 「でも……これは、わたしの問題だから」

 「そう。でも、あなたを信じたい。だから、隣にいるの」

 その言葉に、菜々美は小さくうなずき、五人は回廊を進んでいった。

 ***

 回廊の壁には、菜々美が見た夢や現実の風景が次々に映し出された。
 プリンセスの涙、バレエホールのステップ、マーメイドの歌声、塔の試練――
 それらを超えた先に、ひとつだけ、ぽっかりと空いた“穴”があった。

 そこには、記憶のページが一枚、やぶれていた。

 「ここ……何もない」

 裕樹が言ったそのとき、暗闇の中から“黒い影”がゆらりと現れた。

 それは、姿かたちはなく、ただ“もや”のように漂っている。
 でも、菜々美には分かった。

 「これ……わたしの中にあった、“夢なんて意味ない”って気持ち……」

 黒い影は言葉を持たない。
 けれどその存在そのものが、菜々美の中にある迷いを映し出していた。

 「昔……作文で“将来の夢”って書いたとき、みんなにちょっと笑われたの。
 『そんなの、むずかしそう』『本当にできるの?』って……
 それが悔しくて、悲しくて……そのあと、ずっと口にできなかった」

 声をふるわせながら、菜々美は言った。

 「でも、本当は……あの時も、信じたかった。わたしは、自分の夢を」

 その言葉に反応するように、黒い影がゆっくりと身をよじり、形を変えていった。
 影の中心に、小さな光が見えた。

 「記憶のかけらが……」

 その光には、ふたたび破れたページが映し出されていた。
 そこには、書きかけの文章が残っていた。

 「わたしは、だれかの心が少しでも軽くなるような、物語をつくる人になりたいです」

 それを読んだ瞬間、菜々美の心に何かが灯った。

 「これが、わたしの原点だったんだ……!」

 光が広がり、黒い影を包みこむ。

 そして影は、静かに形を失い、光の粒となって消えていった。