「幽霊って…! ほんとうに、おばけがっ?」
大あわてのわたしを、門の上から見下ろしていたレンゲ。
その背後に、ふわりと何が現れた。
白い、つかみどころのない、得体のしれない物体。
「――お、おおおおおおおばけだっ! レンゲ……逃げて!」
「おばけ、出たの? よーし、つかまえよう!」
シロツメが何歩下がり、助走分の距離をとりはじめる。
おばけのところへ、ジャンプするつもりらしい。
レンゲがあわてたようすで、叫ぶ。
「待て、シバイヌ! コイツは――」
瞬間、白い物体が、レンゲの肩にポフンと乗った。
そして、ぶうぶうと鳴きはじめ、ぴょこんと細長いものが生える。
「あれって……」
見覚えのあるそれに、わたしはよく目を凝らす。
レンゲが、自分の肩の白い物体を指さし、ぶっきらぼうに突いた。
「こいつは、アルナブ・キノ――ウサギだ」
シロツメが「うえっ」と、ジャンプしかけていた足を止め、白い物体を見あげる。
「黒いアイラインを引いたような、目の周りのアイバンド。ドワーフホトという種類のウサギだね」
シロツメがいうと、ヤクモがわたしを見ながら、説明を引き継いでくれる。
「気が強くて、縄張り意識が強いウサギだな」
「聞き捨てならないね! ボクは、自分の身の安全を守りたいだけだよ」
ウサギが、レンゲの肩で、じたばたと暴れている。
「ボクは、もうずっとこのアパートで暮らしてるんだ。ここは、ボクのものだよ」
「えーと、まずはあなたの名前を聞かせてくれない?」
わたしがいうと、ウサギは仕方がなさそうに、答えてくれた。
「アルナブ・キノ。名前は、タンポポだ」
「それじゃあ、さっきの蓮の花のにおいは……タンポポだったってこと?」
「いや……。においの源は、タンポポじゃないみたいだよ」
シロツメが、首をふる。
それじゃあ、おばけは別にいる――ってこと?
キョロキョロとあたりの気配を伺っていると、タンポポがおかしそうに笑いはじめた。
「ボクのこと、おばけっていうのはかまわないけどさ。このアパートの住人たちは、そうは思わないかもねえ」
「どういうこと?」
からだを揺らして笑っているタンポポを、わずらわしそうにレンゲが摘まみあげる。
タンポポは、おかまいなしで話を続けた。
「この花かずらアパートはね、キノ・キラン専用の物件なんだよ」
「ええっ」
今までなんとなく通り過ぎてた花かずらアパートだったけど、住んでいる住人が、みんなキノ・キランだったなんて。
驚いているわたしをしり目に、ヤクモが一歩前に出た。
「おれたちは、十六夜堂のものだ。このアパート付近から、緊急通報を受けた。誰がしたか、知らないか?」
「ああ、ボクだよ! 今はボクが、このアパートの管理人だからね」
「……それで、通報内容は?」
仕事モードに入っているヤクモの問いに、タンポポはうんざりといったようすで長い耳をひねらせた。
「今日、まねかれざる住人が来たんだよ」
いまいましそうに吐きすてる、タンポポ。
「このアパートは、キノ・キランしか入居できないんだろう? つまり『人間』ということか?」
「正解だ。しかも、彼はどうも、家を持っていないみたいなんだよ」
タンポポが、困ったようにいう。
すると、タンポポを摘まんだままのレンゲが、あごのラインを手でなでながら、いった。
「家がない、招かれざる客。そして、ここは幽霊アパート。今の説明……まるで、『今は肉体がない人間が、家を求めてここに迷いこんで来た』というように聞こえるな」
「そ……そうなの? タンポポ」
おそるおそる聞くと、タンポポは長い耳を、ふるりと震わせた。
レンゲが、タンポポをふたたび肩に乗せる。
タンポポは息をついて、悟ったようにいった。
「……二階だよ。着いてきて。十六夜堂のおせっかいさんたち」
タンポポは、レンゲに門の鍵を渡した。
レンゲの手によって、わたしたちはスムーズに花かずらアパートのなかに入ることができた。
さっそく、二階へ続くアパートの階段をのぼりながら、わたしはタンポポにたずねた。
「タンポポは、人のすがたにならないの?」
「ボクは、ナズナさまみたいな特別な能力はないからね。アルナブ・キノは、人型になっても身体能力がよくなるだけ。だったら、こっちのすがたのほうが、可愛くていいでしょ?」
「たしかに、ウサギは可愛いよね」
「その通り。きみは、正直者だ。褒めてあげるよ」
ちょうど、二階の203号室に着いた。
ここが、例の招かれざる者の部屋らしい。
「鍵はかかってないから、入っちゃっていいよ」
「いいの?」
「契約書を交わしてないからね。正式な住人とはいえないよ」
それならと、手を伸ばしかけたわたしを、レンゲが制してきた。
「待て。おれが開ける。おまえは、下がっていろ」
レンゲがドアノブに手をかけ、ぐいっと回した。
鍵がかかっていないドアが、キイと音を立て、開いた。
「蓮の花のにおいが、一気に濃くなったね」
シロツメの言葉に、わたしの背筋がぞくりと震えた。
部屋のなかは、まだ太陽が出てるのに、ぶきみな暗さだ。
「チカナ。平気か?」
「大丈夫だよ。なかに入ってみよう……」
気遣ってくれるレンゲのあとに着いて、わたしは部屋のなかへとあがった。
ヤクモとシロツメも、あとから続く。
ワンルームらしい間取りは、部屋にあがってすぐお風呂とキッチン、トイレが並んでいる。
いちばん奥が、生活空間のようだったが、家具らしい家具は見当たらない。
昼間なのに、部屋のなかが暗いのは、どうやらカーテンが閉まりきっているかららしい。
「カーテン、開けようか」
ヤクモが、東側のカーテンに手をかけたときだった。
「開けるなっ!」
「ひゃああああああっ! 誰ええええッ!」
悲鳴をあげたわたしを、レンゲが引き寄せ、臨戦態勢を取る。
ヤクモもシロツメを、とっさに意識を張りつめた。
とたん、タンポポがケラケラと笑いだす。
「彼が、招かれざるお客さんだよ」
タンポポは、レンゲの肩から飛び降り、床にちょこんと着地した。
「この部屋に居座っている、幽霊のタルヒさ~ん。あなたを強制退去させてくれる人たちを連れてきましたよ~」
「ええ! ちょっと!」
タンポポからのヒドいいわれように動揺していると、どこからともなく、さっきの声が聞こえてきた。
「そんなにオレを追い出したいのか」
「当たり前でしょ。こっちも商売なんだからさあ」
「……お前たち、何者だ?」
部屋の真ん中に、すうっと、声の主のすがたが現れた。
この人が、タルヒさんらしい。
幽霊には、全然見えない、足も透けてない、ふつうの人間に見える。
「おれたちは、十六夜堂のものだ。キノ・キランの保護活動をしている」
ヤクモが名乗ると、タルヒさんは納得がいったように、肩をすくめた。
「なるほどな。オレは、四谷タルヒ。おまえら、獣人の情報をつかむため、花かずらアパートの周辺を調査していた」
「……なぜ、そんなことを?」
ヤクモは、冷静にそうたずねた。
すると、タルヒさんはニヤリと笑む。
「キノ・キランのことを探れと、依頼されたんだ。とある組織にな」
とたん、胸の奥がうるさく、ざわめきだす。
まさか、その組織って――。
「依頼されたって……なんで、そんなことをしようなんて思ったわけ?」
わたしが尋ねると、タルヒさんは「ハッハッハ」と乾いた笑い声をあげた。
「オレは、地獄から逃げてきたんだよ。あんなコエーとこには、もう二度と行かねえ」
「……だから、部屋のカーテンをずっと閉めてるってこと?」
「わりーかよ? あいつらは、どこまでもオレを追いかけてくる。地獄を見てない平和ボケしたオメーらには、わかんねえだろうな。組織からの報酬はすごいんだぜ。何でも、願いを叶えてくれるってよ。だから、オレのすることに、誰にも文句はいわせねえ」
タルヒさんは顔を歪めて、わたしたちをなめるように睨みつけた。
レンゲがわたしをかばうように、一歩前へ出る。
「じゃあ、おまえはこのアパートへ、キノ・キランの情報を手に入れるために来たということか」
すると、タルヒさんは「ふふん」と、得意げに肩をゆらした。
「ああ。オレは生前、情報屋だったのさ。組織のやつらは、そこに目を付けたんだろう。オレの情報のおかげで、組織のやつらが次々とキノ・キランを捕まえていくのは、気持ちがよかったぜ」
「……ねえねえ。シバイヌのシバって、何か知ってる?」
「はあ?」
シロツメの突然の質問に、タルヒさんも、わたしも目を丸くした。
「シバっていうのはね、柴刈りのシバなんだよ。桃太郎のおじいさんが、山へ柴刈りに行ったでしょ。ぼくは、芝生が大すきだから、そっちかと思ってたんだけど、違うらしい」
タルヒさんは、どうでもよさそうに「は?」と、口をへの字に曲げた。
それでも、シロツメはかまわず、話を続けだす。
「柴っていうのは、小枝のことなんだって。桃太郎の時代といったら室町時代。スーパーもコンビニもない、自給自足の生活だ。おじいさんは、手に入った枝を売ったりして、お金をかせいでいたんだね」
「テメー、なんなんだよ。何の話だよ、それ」
「あなたは、キノ・キランの情報を売って、どうするつもりなの?」
「組織は、何でも願いを叶えてくれるっていった……オレは、生き返りたいんだ。生き返って、今度こそ、天国に行きたいんだよ」
「だったら、こんなことしてる場合じゃないよね?」
シロツメは、自分の手のひらをぎゅ、と握りこんだ。
すると、手のなかから、三十センチほどの小枝が現れた。
それは、ムチのように、にょろりと伸び、しゅるしゅると、タルヒさんのからだに巻きついていく。
わたしは、目をみはった。
「え? おばけなのに、触れるんだ?」
「この柴はね、ぼくの摂取したエネルギーで作られている。つまり、実体がないんだ。だから、実体のないおばけも捕まえられるよ。でもこれをやると、すごくお腹空くから、やりたくなかったんだけどな」
「はは。あとで、ジャーキー買ってやるよ。でも、ちゃんと歯みがきしろよ」
ヤクモが笑っていうと、シロツメがうんざりした顔をする。
歯みがき、きらいなのかな。
タルヒさんが、柴に締めつけられながら、大声でわめいている。
「おい! 外せよ、これ!」
スッと、シロツメが、タルヒさんの耳元で、ささやいた。
「地獄に堕ちるようなことしてる、わるい子だーれだ?」
タルヒさんの肩が、ゾクリと震えたのがわかる。
シロツメ、こんな怖い顔できるの?
なんか、イメージと違う……。
タルヒさんが、涙目になりながら、泣きわめいてる。
「お前ら! ウキネさまにいいつけてやるからな!」
「ウキネ……?」
険しい表情でレンゲが、うなる。
「その組織のやつの名前か?」
タルヒさんは、得意げにうなずいた。
「『霜月の宿』……それが、オレの能力を買ってくれた組織の名前だ」
「その霜月の宿は、どこにある?」
無表情でヤクモが尋ねると、タルヒさんは不敵に鼻を鳴らした。
「霜月の宿は、ウキネさまの強力な結界に守られていて、誰にも見つからないようになっている。おまえらごときが、見つけ出せるかよ」
ヤクモは「なるほどね」と、冷ややかにつぶやいた。
「原因である幽霊は確保した。十六夜堂に帰ろう。……タンポポ。わるいが、着いてくれないか?」
「はあ。わかったよ。仕方ないね」
タンポポのすがたが、ゆらりと揺れる。
あっというまに、人型に変身していた。
レンゲやシロツメと比べると、ずいぶん年下の見た目。小学生くらいかな。
白髪に、アイラインを引いた目元。丸いしっぽも、しっかりと生えている。
服も、イエローの大きめのチェック柄シャツに、ブラウンのロングパンツ。シルバーのハイカットスニーカーと、いつのまにかキッチリと着ている。
「支度をしてくる。そこの不届きな招かれざる者を逃がさないようにね。十六夜堂の諸君」
「わかってるよーだ」
シロツメが、柴の鞭をぎゅっと掴んでいう。
「ねえねえ。きみにこの能力を使ったおかげで、今日の晩ごはんは黒毛和牛のステーキだってさ。感謝するよ」
顔を青ざめさせながら、目をぱちくりさせているタルヒさんに、ヤクモが苦笑する。
「そんなこと、おれがいつ、いったんだよ」
すると、シロツメは自信満々に声をあげた。
「ごほうびなんだから、当然だよねえ?」
大あわてのわたしを、門の上から見下ろしていたレンゲ。
その背後に、ふわりと何が現れた。
白い、つかみどころのない、得体のしれない物体。
「――お、おおおおおおおばけだっ! レンゲ……逃げて!」
「おばけ、出たの? よーし、つかまえよう!」
シロツメが何歩下がり、助走分の距離をとりはじめる。
おばけのところへ、ジャンプするつもりらしい。
レンゲがあわてたようすで、叫ぶ。
「待て、シバイヌ! コイツは――」
瞬間、白い物体が、レンゲの肩にポフンと乗った。
そして、ぶうぶうと鳴きはじめ、ぴょこんと細長いものが生える。
「あれって……」
見覚えのあるそれに、わたしはよく目を凝らす。
レンゲが、自分の肩の白い物体を指さし、ぶっきらぼうに突いた。
「こいつは、アルナブ・キノ――ウサギだ」
シロツメが「うえっ」と、ジャンプしかけていた足を止め、白い物体を見あげる。
「黒いアイラインを引いたような、目の周りのアイバンド。ドワーフホトという種類のウサギだね」
シロツメがいうと、ヤクモがわたしを見ながら、説明を引き継いでくれる。
「気が強くて、縄張り意識が強いウサギだな」
「聞き捨てならないね! ボクは、自分の身の安全を守りたいだけだよ」
ウサギが、レンゲの肩で、じたばたと暴れている。
「ボクは、もうずっとこのアパートで暮らしてるんだ。ここは、ボクのものだよ」
「えーと、まずはあなたの名前を聞かせてくれない?」
わたしがいうと、ウサギは仕方がなさそうに、答えてくれた。
「アルナブ・キノ。名前は、タンポポだ」
「それじゃあ、さっきの蓮の花のにおいは……タンポポだったってこと?」
「いや……。においの源は、タンポポじゃないみたいだよ」
シロツメが、首をふる。
それじゃあ、おばけは別にいる――ってこと?
キョロキョロとあたりの気配を伺っていると、タンポポがおかしそうに笑いはじめた。
「ボクのこと、おばけっていうのはかまわないけどさ。このアパートの住人たちは、そうは思わないかもねえ」
「どういうこと?」
からだを揺らして笑っているタンポポを、わずらわしそうにレンゲが摘まみあげる。
タンポポは、おかまいなしで話を続けた。
「この花かずらアパートはね、キノ・キラン専用の物件なんだよ」
「ええっ」
今までなんとなく通り過ぎてた花かずらアパートだったけど、住んでいる住人が、みんなキノ・キランだったなんて。
驚いているわたしをしり目に、ヤクモが一歩前に出た。
「おれたちは、十六夜堂のものだ。このアパート付近から、緊急通報を受けた。誰がしたか、知らないか?」
「ああ、ボクだよ! 今はボクが、このアパートの管理人だからね」
「……それで、通報内容は?」
仕事モードに入っているヤクモの問いに、タンポポはうんざりといったようすで長い耳をひねらせた。
「今日、まねかれざる住人が来たんだよ」
いまいましそうに吐きすてる、タンポポ。
「このアパートは、キノ・キランしか入居できないんだろう? つまり『人間』ということか?」
「正解だ。しかも、彼はどうも、家を持っていないみたいなんだよ」
タンポポが、困ったようにいう。
すると、タンポポを摘まんだままのレンゲが、あごのラインを手でなでながら、いった。
「家がない、招かれざる客。そして、ここは幽霊アパート。今の説明……まるで、『今は肉体がない人間が、家を求めてここに迷いこんで来た』というように聞こえるな」
「そ……そうなの? タンポポ」
おそるおそる聞くと、タンポポは長い耳を、ふるりと震わせた。
レンゲが、タンポポをふたたび肩に乗せる。
タンポポは息をついて、悟ったようにいった。
「……二階だよ。着いてきて。十六夜堂のおせっかいさんたち」
タンポポは、レンゲに門の鍵を渡した。
レンゲの手によって、わたしたちはスムーズに花かずらアパートのなかに入ることができた。
さっそく、二階へ続くアパートの階段をのぼりながら、わたしはタンポポにたずねた。
「タンポポは、人のすがたにならないの?」
「ボクは、ナズナさまみたいな特別な能力はないからね。アルナブ・キノは、人型になっても身体能力がよくなるだけ。だったら、こっちのすがたのほうが、可愛くていいでしょ?」
「たしかに、ウサギは可愛いよね」
「その通り。きみは、正直者だ。褒めてあげるよ」
ちょうど、二階の203号室に着いた。
ここが、例の招かれざる者の部屋らしい。
「鍵はかかってないから、入っちゃっていいよ」
「いいの?」
「契約書を交わしてないからね。正式な住人とはいえないよ」
それならと、手を伸ばしかけたわたしを、レンゲが制してきた。
「待て。おれが開ける。おまえは、下がっていろ」
レンゲがドアノブに手をかけ、ぐいっと回した。
鍵がかかっていないドアが、キイと音を立て、開いた。
「蓮の花のにおいが、一気に濃くなったね」
シロツメの言葉に、わたしの背筋がぞくりと震えた。
部屋のなかは、まだ太陽が出てるのに、ぶきみな暗さだ。
「チカナ。平気か?」
「大丈夫だよ。なかに入ってみよう……」
気遣ってくれるレンゲのあとに着いて、わたしは部屋のなかへとあがった。
ヤクモとシロツメも、あとから続く。
ワンルームらしい間取りは、部屋にあがってすぐお風呂とキッチン、トイレが並んでいる。
いちばん奥が、生活空間のようだったが、家具らしい家具は見当たらない。
昼間なのに、部屋のなかが暗いのは、どうやらカーテンが閉まりきっているかららしい。
「カーテン、開けようか」
ヤクモが、東側のカーテンに手をかけたときだった。
「開けるなっ!」
「ひゃああああああっ! 誰ええええッ!」
悲鳴をあげたわたしを、レンゲが引き寄せ、臨戦態勢を取る。
ヤクモもシロツメを、とっさに意識を張りつめた。
とたん、タンポポがケラケラと笑いだす。
「彼が、招かれざるお客さんだよ」
タンポポは、レンゲの肩から飛び降り、床にちょこんと着地した。
「この部屋に居座っている、幽霊のタルヒさ~ん。あなたを強制退去させてくれる人たちを連れてきましたよ~」
「ええ! ちょっと!」
タンポポからのヒドいいわれように動揺していると、どこからともなく、さっきの声が聞こえてきた。
「そんなにオレを追い出したいのか」
「当たり前でしょ。こっちも商売なんだからさあ」
「……お前たち、何者だ?」
部屋の真ん中に、すうっと、声の主のすがたが現れた。
この人が、タルヒさんらしい。
幽霊には、全然見えない、足も透けてない、ふつうの人間に見える。
「おれたちは、十六夜堂のものだ。キノ・キランの保護活動をしている」
ヤクモが名乗ると、タルヒさんは納得がいったように、肩をすくめた。
「なるほどな。オレは、四谷タルヒ。おまえら、獣人の情報をつかむため、花かずらアパートの周辺を調査していた」
「……なぜ、そんなことを?」
ヤクモは、冷静にそうたずねた。
すると、タルヒさんはニヤリと笑む。
「キノ・キランのことを探れと、依頼されたんだ。とある組織にな」
とたん、胸の奥がうるさく、ざわめきだす。
まさか、その組織って――。
「依頼されたって……なんで、そんなことをしようなんて思ったわけ?」
わたしが尋ねると、タルヒさんは「ハッハッハ」と乾いた笑い声をあげた。
「オレは、地獄から逃げてきたんだよ。あんなコエーとこには、もう二度と行かねえ」
「……だから、部屋のカーテンをずっと閉めてるってこと?」
「わりーかよ? あいつらは、どこまでもオレを追いかけてくる。地獄を見てない平和ボケしたオメーらには、わかんねえだろうな。組織からの報酬はすごいんだぜ。何でも、願いを叶えてくれるってよ。だから、オレのすることに、誰にも文句はいわせねえ」
タルヒさんは顔を歪めて、わたしたちをなめるように睨みつけた。
レンゲがわたしをかばうように、一歩前へ出る。
「じゃあ、おまえはこのアパートへ、キノ・キランの情報を手に入れるために来たということか」
すると、タルヒさんは「ふふん」と、得意げに肩をゆらした。
「ああ。オレは生前、情報屋だったのさ。組織のやつらは、そこに目を付けたんだろう。オレの情報のおかげで、組織のやつらが次々とキノ・キランを捕まえていくのは、気持ちがよかったぜ」
「……ねえねえ。シバイヌのシバって、何か知ってる?」
「はあ?」
シロツメの突然の質問に、タルヒさんも、わたしも目を丸くした。
「シバっていうのはね、柴刈りのシバなんだよ。桃太郎のおじいさんが、山へ柴刈りに行ったでしょ。ぼくは、芝生が大すきだから、そっちかと思ってたんだけど、違うらしい」
タルヒさんは、どうでもよさそうに「は?」と、口をへの字に曲げた。
それでも、シロツメはかまわず、話を続けだす。
「柴っていうのは、小枝のことなんだって。桃太郎の時代といったら室町時代。スーパーもコンビニもない、自給自足の生活だ。おじいさんは、手に入った枝を売ったりして、お金をかせいでいたんだね」
「テメー、なんなんだよ。何の話だよ、それ」
「あなたは、キノ・キランの情報を売って、どうするつもりなの?」
「組織は、何でも願いを叶えてくれるっていった……オレは、生き返りたいんだ。生き返って、今度こそ、天国に行きたいんだよ」
「だったら、こんなことしてる場合じゃないよね?」
シロツメは、自分の手のひらをぎゅ、と握りこんだ。
すると、手のなかから、三十センチほどの小枝が現れた。
それは、ムチのように、にょろりと伸び、しゅるしゅると、タルヒさんのからだに巻きついていく。
わたしは、目をみはった。
「え? おばけなのに、触れるんだ?」
「この柴はね、ぼくの摂取したエネルギーで作られている。つまり、実体がないんだ。だから、実体のないおばけも捕まえられるよ。でもこれをやると、すごくお腹空くから、やりたくなかったんだけどな」
「はは。あとで、ジャーキー買ってやるよ。でも、ちゃんと歯みがきしろよ」
ヤクモが笑っていうと、シロツメがうんざりした顔をする。
歯みがき、きらいなのかな。
タルヒさんが、柴に締めつけられながら、大声でわめいている。
「おい! 外せよ、これ!」
スッと、シロツメが、タルヒさんの耳元で、ささやいた。
「地獄に堕ちるようなことしてる、わるい子だーれだ?」
タルヒさんの肩が、ゾクリと震えたのがわかる。
シロツメ、こんな怖い顔できるの?
なんか、イメージと違う……。
タルヒさんが、涙目になりながら、泣きわめいてる。
「お前ら! ウキネさまにいいつけてやるからな!」
「ウキネ……?」
険しい表情でレンゲが、うなる。
「その組織のやつの名前か?」
タルヒさんは、得意げにうなずいた。
「『霜月の宿』……それが、オレの能力を買ってくれた組織の名前だ」
「その霜月の宿は、どこにある?」
無表情でヤクモが尋ねると、タルヒさんは不敵に鼻を鳴らした。
「霜月の宿は、ウキネさまの強力な結界に守られていて、誰にも見つからないようになっている。おまえらごときが、見つけ出せるかよ」
ヤクモは「なるほどね」と、冷ややかにつぶやいた。
「原因である幽霊は確保した。十六夜堂に帰ろう。……タンポポ。わるいが、着いてくれないか?」
「はあ。わかったよ。仕方ないね」
タンポポのすがたが、ゆらりと揺れる。
あっというまに、人型に変身していた。
レンゲやシロツメと比べると、ずいぶん年下の見た目。小学生くらいかな。
白髪に、アイラインを引いた目元。丸いしっぽも、しっかりと生えている。
服も、イエローの大きめのチェック柄シャツに、ブラウンのロングパンツ。シルバーのハイカットスニーカーと、いつのまにかキッチリと着ている。
「支度をしてくる。そこの不届きな招かれざる者を逃がさないようにね。十六夜堂の諸君」
「わかってるよーだ」
シロツメが、柴の鞭をぎゅっと掴んでいう。
「ねえねえ。きみにこの能力を使ったおかげで、今日の晩ごはんは黒毛和牛のステーキだってさ。感謝するよ」
顔を青ざめさせながら、目をぱちくりさせているタルヒさんに、ヤクモが苦笑する。
「そんなこと、おれがいつ、いったんだよ」
すると、シロツメは自信満々に声をあげた。
「ごほうびなんだから、当然だよねえ?」



