〇大学・ゼミ教室・朝の時間
プロジェクト「存在の呼び声」の成果発表会に向けて、ゼミはさらに活気づいている。
その中で、静かに議論を交わすふたり――渚と俊輔。
渚「このデータ、感情傾向と空間滞在時間の相関にばらつきがある。
一度、分布を細かく切り直して再解析してみない?」
俊輔「……同意。区切りの単位を15分から5分へ再定義。
ただし、被験者によって滞在目的が異なるため、グループ変数を追加すべき」
渚「思ったより、話が早い」
俊輔「君がいつも精度を優先するからだ。俺は“論理”には従う」
渚(少し笑って)
「そっか。“論理には”ね」
〇教室の隅・はるなと沙也香がふたりを眺めている
沙也香「……なんか、あの二人の会話って、まるで将棋みたいじゃない?」
はるな「でも、ぜんぜん噛み合ってないわけじゃないのがすごいよね。
むしろ、あの“噛み合いすぎない距離感”が心地いいっていうか」
沙也香「うーん。……で、あれって“付き合ってる”の?」
はるな「違うと思う。あれは……なんだろ、“信頼”はしてる、って感じ」
沙也香「でもそれが“好き”かどうかって、違うんだよね。……難しいな、関係性って」
〇夕方・研究棟の一角・俊輔が実験データを確認している
渚がコーヒーを手に、無言で隣に座る。
渚「……“自分の居心地”を第一に考えて設計してみたら?」
俊輔「設計は、他者の使用を前提にすべきだ。
自己中心的な空間は、普遍性に欠ける」
渚「でも、“自分が心地よい場所”を作るって、
本当はすごく難しいと思わない?」
俊輔「……否定しない。自分の感覚は、まだ曖昧だ」
渚「じゃあ――少しずつ、探してみたら?
“自分のため”に何か設計するってのも、ひとつの研究になるよ」
俊輔(黙ってうなずき、コーヒーを一口)
渚「……それに、“好き”って気持ちも、
結局は“誰かにとって心地いい”って感覚に似てる気がするんだ」
俊輔(少し驚いたように視線を向ける)
渚「……なんとなく、ね」
〇夜・俊輔の部屋・ノートPCと手書きメモが並ぶデスク
メモ:
・尊敬:能力や姿勢への評価
・好意:存在そのものへの肯定?
・「好き」と「認める」の間にあるものは?
俊輔(心の声)
「“尊敬”は、崩れない。だが、“好意”は揺れる。
渚に抱いているこの感覚――
それがどちらなのか、まだ定義できない。
だが、彼女の言葉が“残る”のは、きっと――ただのロジックじゃない」
〇翌日・大学構内・ゼミの展示準備
「存在の呼び声」関連のサブブース設営に向け、
各チームが自分たちのテーマをわかりやすく可視化する準備を進めている。
渚「ここのレイアウト、視認性が低い。
展示を見る動線と重なると、滞留が起きる」
俊輔「じゃあ、掲示物の角度を45度傾けて視線の自然移動を誘導。
導線の最短距離は3歩減る。数値的に理想」
渚(満足そうに)
「……やっぱり、君と組むと効率がいい」
俊輔「……君は、明確に“目的”を持って動く。
だから僕は、論理を添えるだけで成立する」
渚(少し黙ってから)
「……でもさ、それって“補い合ってる”って言えるのかな?」
俊輔「……どういう意味だ?」
渚「私は、“君といると楽”って思ってる。
だけど、君は“渚のため”じゃなくて“目的のため”に動いてる気がして」
俊輔(驚いたように)
「……違う。それは誤解だ。
僕は――君の提案だから、全力で乗ってる」
渚(じっと見つめて)
「それって、“信頼”ってこと?それとも……“好意”?」
俊輔(目をそらす)
「……答えは、今はまだ出せない」
渚「そっか……うん。いいよ、それで」
〇夜・構内のベンチ・瑠璃とはるなと咲子が話している
瑠璃「俊輔くんって、感情が表に出にくい分、
ひとつの言葉が出るまでにすごく時間がかかるんだろうね」
はるな「でも渚ちゃんも、“答えがなくても対話を続ける”ことを選べる人だから」
咲子「“すぐに返事がない”って不安になるけど、
“待ってるよ”って伝えられるのって、すごく強いなぁ……」
〇研究棟・夜・俊輔がひとり残り、ノートに何かを書き続けている
記録:
・彼女は“理解してもらえないこと”に慣れている
・だから“信じてくれる人”を大事にする
・僕は、その期待に応えたいと思っている
→それは、“評価”ではない
→“もっと隣にいたい”という衝動
俊輔(心の声)
「……渚と過ごす時間は、検証と変化の連続だ。
それを“面倒”だと思わない自分がいる。
ならば――これは、もう“尊敬”だけじゃ、きっと、ない」
〇翌朝・ゼミ室・渚と俊輔がふたりきりで資料整理中
俊輔「……昨日の答え。遅くなったが、返す」
渚(手を止めて振り返る)
俊輔「君を“信頼”している。だが、それだけではない。
君と、もっと多くのことを共有したい――
その感覚を、僕は“好き”だと、思いたい」
渚(ふっと微笑む)
「……思いたい、って言い方が君らしくて、いいね」
俊輔「……不完全なまま伝えるのは、初めてだ」
渚「でも、それがいちばん正直。
私も、たぶん“好き”って言葉でいいと思ってる」
ふたり、ただ“それだけ”で視線を交わす。
会話はそれ以上続かない。けれど、静かであたたかい時間が流れていた。
〇大学・展示会当日・仮設ルーム内
ゼミチームによる展示会が開催され、
「存在の呼び声」「ありがとうの空間」「名前を呼ぶ部屋」など複数のブースが並ぶ。
その一角に、渚と俊輔による新設計「境界のない対話ブース」がある。
来場者の声(モブ)
「……これ、どこにマイクがあるんですか?」
「仕切りがあるのに、声が心に入ってくる感じがする……不思議」
渚「声は壁を超えない。でも、気配は届く。
だからこそ“間”にある温度を設計したんです」
俊輔「これは“声ではなく関係”の実験です。
伝わるのは、ことばではなく――想いの構造です」
〇展示終了後・夕方・大学中庭・ふたりで歩く渚と俊輔
渚「……ねぇ、“もっと共有したい”って言ってくれたじゃない?
その“もっと”って、どんなこと?」
俊輔(少し考えてから)
「君の、日々の考え。何を見て、何を感じたのか。
その“理由”よりも、“選んだこと”を知りたい」
渚(ふっと笑って)
「……それ、“好き”で合ってるよ」
俊輔「……そうか。なら、安心した」
ふたりの間に流れる沈黙は、もう“気まずさ”ではなく、
“確かなつながり”の音に変わっていた。
〇夜・ゼミグループチャット
渚:プロジェクト名、少し変えました。
『境界にゆれる、ふたりの間』
―声にならない思いが届く距離―
智貴:実証データを共有します。分析協力可
瑠璃:名前、すごくいい。静かな情熱って感じ!
祐貴:存在の輪郭を描くテーマ。深い
咲子:わたしもその“間”に混ぜて~♡
川口:これは論文出せるぞ。まじで
〇エンドカット・研究棟の廊下・ふたりの背中が並んで歩いていく
渚(モノローグ)
「“尊敬してる”と“好きだよ”の間には、静かな揺れがあった。
でも今は、その揺れごと、隣にいるあなたと、歩いていける気がする。
“答えはまだ出ない”――それすら、愛しいと、思えるから」
タイトルロゴ:
『となりの研究室で、きみと。』
【To be continued...】
プロジェクト「存在の呼び声」の成果発表会に向けて、ゼミはさらに活気づいている。
その中で、静かに議論を交わすふたり――渚と俊輔。
渚「このデータ、感情傾向と空間滞在時間の相関にばらつきがある。
一度、分布を細かく切り直して再解析してみない?」
俊輔「……同意。区切りの単位を15分から5分へ再定義。
ただし、被験者によって滞在目的が異なるため、グループ変数を追加すべき」
渚「思ったより、話が早い」
俊輔「君がいつも精度を優先するからだ。俺は“論理”には従う」
渚(少し笑って)
「そっか。“論理には”ね」
〇教室の隅・はるなと沙也香がふたりを眺めている
沙也香「……なんか、あの二人の会話って、まるで将棋みたいじゃない?」
はるな「でも、ぜんぜん噛み合ってないわけじゃないのがすごいよね。
むしろ、あの“噛み合いすぎない距離感”が心地いいっていうか」
沙也香「うーん。……で、あれって“付き合ってる”の?」
はるな「違うと思う。あれは……なんだろ、“信頼”はしてる、って感じ」
沙也香「でもそれが“好き”かどうかって、違うんだよね。……難しいな、関係性って」
〇夕方・研究棟の一角・俊輔が実験データを確認している
渚がコーヒーを手に、無言で隣に座る。
渚「……“自分の居心地”を第一に考えて設計してみたら?」
俊輔「設計は、他者の使用を前提にすべきだ。
自己中心的な空間は、普遍性に欠ける」
渚「でも、“自分が心地よい場所”を作るって、
本当はすごく難しいと思わない?」
俊輔「……否定しない。自分の感覚は、まだ曖昧だ」
渚「じゃあ――少しずつ、探してみたら?
“自分のため”に何か設計するってのも、ひとつの研究になるよ」
俊輔(黙ってうなずき、コーヒーを一口)
渚「……それに、“好き”って気持ちも、
結局は“誰かにとって心地いい”って感覚に似てる気がするんだ」
俊輔(少し驚いたように視線を向ける)
渚「……なんとなく、ね」
〇夜・俊輔の部屋・ノートPCと手書きメモが並ぶデスク
メモ:
・尊敬:能力や姿勢への評価
・好意:存在そのものへの肯定?
・「好き」と「認める」の間にあるものは?
俊輔(心の声)
「“尊敬”は、崩れない。だが、“好意”は揺れる。
渚に抱いているこの感覚――
それがどちらなのか、まだ定義できない。
だが、彼女の言葉が“残る”のは、きっと――ただのロジックじゃない」
〇翌日・大学構内・ゼミの展示準備
「存在の呼び声」関連のサブブース設営に向け、
各チームが自分たちのテーマをわかりやすく可視化する準備を進めている。
渚「ここのレイアウト、視認性が低い。
展示を見る動線と重なると、滞留が起きる」
俊輔「じゃあ、掲示物の角度を45度傾けて視線の自然移動を誘導。
導線の最短距離は3歩減る。数値的に理想」
渚(満足そうに)
「……やっぱり、君と組むと効率がいい」
俊輔「……君は、明確に“目的”を持って動く。
だから僕は、論理を添えるだけで成立する」
渚(少し黙ってから)
「……でもさ、それって“補い合ってる”って言えるのかな?」
俊輔「……どういう意味だ?」
渚「私は、“君といると楽”って思ってる。
だけど、君は“渚のため”じゃなくて“目的のため”に動いてる気がして」
俊輔(驚いたように)
「……違う。それは誤解だ。
僕は――君の提案だから、全力で乗ってる」
渚(じっと見つめて)
「それって、“信頼”ってこと?それとも……“好意”?」
俊輔(目をそらす)
「……答えは、今はまだ出せない」
渚「そっか……うん。いいよ、それで」
〇夜・構内のベンチ・瑠璃とはるなと咲子が話している
瑠璃「俊輔くんって、感情が表に出にくい分、
ひとつの言葉が出るまでにすごく時間がかかるんだろうね」
はるな「でも渚ちゃんも、“答えがなくても対話を続ける”ことを選べる人だから」
咲子「“すぐに返事がない”って不安になるけど、
“待ってるよ”って伝えられるのって、すごく強いなぁ……」
〇研究棟・夜・俊輔がひとり残り、ノートに何かを書き続けている
記録:
・彼女は“理解してもらえないこと”に慣れている
・だから“信じてくれる人”を大事にする
・僕は、その期待に応えたいと思っている
→それは、“評価”ではない
→“もっと隣にいたい”という衝動
俊輔(心の声)
「……渚と過ごす時間は、検証と変化の連続だ。
それを“面倒”だと思わない自分がいる。
ならば――これは、もう“尊敬”だけじゃ、きっと、ない」
〇翌朝・ゼミ室・渚と俊輔がふたりきりで資料整理中
俊輔「……昨日の答え。遅くなったが、返す」
渚(手を止めて振り返る)
俊輔「君を“信頼”している。だが、それだけではない。
君と、もっと多くのことを共有したい――
その感覚を、僕は“好き”だと、思いたい」
渚(ふっと微笑む)
「……思いたい、って言い方が君らしくて、いいね」
俊輔「……不完全なまま伝えるのは、初めてだ」
渚「でも、それがいちばん正直。
私も、たぶん“好き”って言葉でいいと思ってる」
ふたり、ただ“それだけ”で視線を交わす。
会話はそれ以上続かない。けれど、静かであたたかい時間が流れていた。
〇大学・展示会当日・仮設ルーム内
ゼミチームによる展示会が開催され、
「存在の呼び声」「ありがとうの空間」「名前を呼ぶ部屋」など複数のブースが並ぶ。
その一角に、渚と俊輔による新設計「境界のない対話ブース」がある。
来場者の声(モブ)
「……これ、どこにマイクがあるんですか?」
「仕切りがあるのに、声が心に入ってくる感じがする……不思議」
渚「声は壁を超えない。でも、気配は届く。
だからこそ“間”にある温度を設計したんです」
俊輔「これは“声ではなく関係”の実験です。
伝わるのは、ことばではなく――想いの構造です」
〇展示終了後・夕方・大学中庭・ふたりで歩く渚と俊輔
渚「……ねぇ、“もっと共有したい”って言ってくれたじゃない?
その“もっと”って、どんなこと?」
俊輔(少し考えてから)
「君の、日々の考え。何を見て、何を感じたのか。
その“理由”よりも、“選んだこと”を知りたい」
渚(ふっと笑って)
「……それ、“好き”で合ってるよ」
俊輔「……そうか。なら、安心した」
ふたりの間に流れる沈黙は、もう“気まずさ”ではなく、
“確かなつながり”の音に変わっていた。
〇夜・ゼミグループチャット
渚:プロジェクト名、少し変えました。
『境界にゆれる、ふたりの間』
―声にならない思いが届く距離―
智貴:実証データを共有します。分析協力可
瑠璃:名前、すごくいい。静かな情熱って感じ!
祐貴:存在の輪郭を描くテーマ。深い
咲子:わたしもその“間”に混ぜて~♡
川口:これは論文出せるぞ。まじで
〇エンドカット・研究棟の廊下・ふたりの背中が並んで歩いていく
渚(モノローグ)
「“尊敬してる”と“好きだよ”の間には、静かな揺れがあった。
でも今は、その揺れごと、隣にいるあなたと、歩いていける気がする。
“答えはまだ出ない”――それすら、愛しいと、思えるから」
タイトルロゴ:
『となりの研究室で、きみと。』
【To be continued...】



