となりの研究室で、きみと。

 〇大学・ゼミ教室・ある日の午後
 プロジェクトチームはそれぞれテーマに分かれて新たな実証実験の準備を進めている。
  その一角――
  里紗はスマホ片手に作業台へ材料を運んでおり、祐貴は隣の席で図面を描いている。
 咲子(雑談しながら)
  「ねぇねぇ、祐貴くん、これ持ってっていい?」
 祐貴「ああ、どうぞ」
 里紗「……それ、私が使ってたんだけど」
 祐貴(一瞬黙ってから)
  「すまない。被っていたのか。次から気をつける」
 咲子「あっ、ごめん、私が勝手に――」
 里紗「いいよ、気にしてない。よくあるし」
 咲子「……そ、そう?」
 (咲子は少し戸惑ってからその場を離れる)

 〇教室の外・中庭のベンチ・瑠璃とはるなが様子を見ている
 はるな「……里紗ちゃん、なんか最近ちょっとピリピリしてるよね」
 瑠璃「わかる。“いいよ”って言いながら、顔が笑ってない」
 はるな「祐貴くんも、悪気ないのはわかるんだけど……ちょっと“距離”がね」
 瑠璃「“個を大事にする”って姿勢はかっこいいけど、
  それが“壁”になってたら……つながれないよね」

 〇夕方・仮設ルームの片付け中・祐貴と里紗がふたりきり
 無言で掃除を続ける2人。
  その空気を破るように、里紗がぼそっと口を開く。
 里紗「……さっきのこと、ほんとはちょっとムカついた」
 祐貴(止まり、ゆっくりと)
  「……そうだったのか。すまなかった」
 里紗「“気づかなかった”って、よく言うよね。
  でもそれって、私が“いてもいなくても変わらない”ってことにされてるみたいで」
 祐貴「……僕は、誰かの“中に入る”のが怖い。
  “名前を呼ばれること”すら、どこかで避けてきた」
 里紗(小さく笑って)
  「私は逆。
  “誰かと混ざってないと不安”なのに、“協調性ない”って言われる。
  変だよね。こんなに人に近づきたいのに、なんで上手くできないんだろ」

 〇夜・祐貴の部屋・彼のノートには、こんな言葉が書かれている
 「関係性が個を壊すのではない。関係性の中でしか、自分は輪郭を得ないのかもしれない」
 祐貴(心の声)
  「“名前を呼ばれる”ってことは、
  “ここにいていい”って言われること――
  ならば、僕も、誰かの名前を呼ばなければならない」

 〇翌日・教室・ゼミ内のアイデア共有セッション
 各チームがプレゼンを進める中、
  祐貴と里紗は「名前を使ったコミュニケーション設計」について発表する。
 祐貴「……私たちは、“名前を呼ぶことの意味”について検証を進めています。
  名前は、個人の象徴であると同時に、他者との接点の最小単位でもあると考えました」
 里紗「だから私たちは、空間に“呼ばれる体験”を埋め込む方法を探しています。
  それは単なるAIの音声じゃなくて、“その人だけをちゃんと見て呼ぶ”ような、空気の作り方です」
 川口(うなるように)
  「……深いな。“名前”をテーマに持ってくるとは。
  いいぞ、そこに“存在”と“関係”のドラマがある」

 〇発表後・教室の一角・瑠璃とはるながふたりの様子を見ている
 はるな「……なんか、ちょっと変わったね、祐貴くん」
 瑠璃「うん。あんなふうに“誰かと並んで話す”の、初めて見たかも」
 はるな「里紗ちゃんも、あんな落ち着いた声でプレゼンするなんて……なんか、いいチームだね」
 瑠璃(微笑みながら)
  「“名前”って、大事だもんね。私も、あの人にもっとちゃんと呼ばれたいな」

 〇夕方・仮設ルーム・点検作業中の祐貴と里紗
 静かに作業を進めるなか、ふと祐貴が手を止める。
 祐貴「……里紗」
 里紗(少し驚いて振り返る)
  「……なに?」
 祐貴「……ありがとう。昨日、君が“ムカついた”って言ってくれてよかった。
  あれで初めて、僕は自分の“壁”に気づいたんだ」
 里紗(少し照れながら)
  「……なんか、名前で呼ばれると変な感じする。
  でも、嫌じゃない。むしろ……あったかいかも」
 祐貴(真っ直ぐに)
  「……これからは、名前で呼ぶよ。君を見てるって、伝えるために」
 里紗(そっと微笑んで)
  「……うん。私も、祐貴って呼ぶから。名前って、お互いの証みたいだから」

 〇夜・教室のホワイトボードに書かれた新しいプロジェクト名
 『名前を呼ぶ部屋(仮)』
  ―呼ばれることは、存在を許されること―

 〇仮設ルーム・試験稼働中の「名前を呼ぶ空間」
 センサーと音響装置を使って、空間内にいる人の名前を静かに呼びかけるシステム。
  名前を呼ばれた人は、その声に反応して足を止め、ふと笑う。
  それだけで、少し空気がやわらかくなる。
 はるな(テスト中)
  「……なんか、呼ばれただけで“肯定”されてる気がするね」
 拓海「名指しされるって、すごく怖いことでもあるけど――
  ちゃんと見てる、って言われることでもあるんだな」
 咲子「“見られてる”っていうの、嬉しいって思えるの初めてかも」
 沙也香「なんかさ、呼びかけって、案外“居場所”になるのかもね」

 〇教室・川口がホワイトボードにプロジェクトまとめを書く
 名前とは「意味」ではなく「存在」
  呼ばれることは、理解される第一歩。
 川口「――これは、情報デザインというより、感情のデザインだな」
 智貴「“誰かにとっての自分”を構築するきっかけにもなる」
 瑠璃「うん。“名前を呼ばれること”って、
  自分がここにいる、って証明される感じがする」

 〇仮設ルーム・夕方・祐貴と里紗が座っている
 夕陽が差し込むなか、部屋のスピーカーから、試験中の音声が流れる。
 音声(やわらかく)
  「――里紗」
 里紗(小さく笑って)
  「……うん、やっぱり好き。名前、呼ばれるの」
 祐貴「……僕も。言葉にして、やっとわかった。
  “誰かの中に、ちゃんと存在している”って、こんなに温かいんだな」
 里紗「じゃあ、これからも――ときどきでいいから、呼んでよ」
 祐貴「もちろん。何度でも、名前で」

 〇夜・ゼミチャットに共有された、新しいプロジェクト名
 『存在の呼び声 - 呼ばれることで、つながる空間へ』
 メンバーたちのスタンプや「いいね!」が次々と押される。

 〇エンドカット・キャンパスの夜道、並んで歩く祐貴と里紗
 里紗(モノローグ)
  「名前を呼ばれるのが、苦手だった。
  でも今は、ちゃんとわかる。
  それは“わたし”を見つけてくれた誰かからの、あたたかいしるし。
  だから私は、あなたの名前も――大切に呼んでいきたい。」
 タイトルロゴ:
  『となりの研究室で、きみと。』
 【To be continued...】