〇大学・ゼミ教室・数日後の午後
 教室に設置されたホワイトボードには「課題:初期プロト案のピッチ&フィードバック」と書かれている。
  川口がファシリテーターを務め、各ペアが先日の案をさらに深めるミーティング形式。
 川口
  「じゃあ今日は、各ペアが“他のチームに”アイデアを簡単にプレゼンして、フィードバックを受けていきます。」
 川口
  「“外の目”から見た意見を取り入れること。開発は、独りよがりだと行き詰まるからね。」
 智貴(即座にノートを開きながら)
  「合理的だ。」
 瑠璃(ややうんざりした顔)
  「また“言語化の時間”かあ……言葉にしないと伝わらないのはわかるけど、
  たまには“なんとなく”で通じる世界も欲しいよね。」
 智貴(淡々と)
  「それは伝達の失敗とみなされる。チーム開発では致命的だ。」
 瑠璃(ぷいっと横を向く)
  「……ですよねー。」

 〇ゼミ教室・各ペアのミーティングの様子
 咲子「“声がかけられる玄関ドア”とか、どうかなって思って!」
 拓海「それ、家入った瞬間に“おかえり”って言われるやつ?」
 咲子「そうそう!音声認識つけて、来た人の名前も呼んでくれるの!」
 渚「……心理的には“話しかけられるよりも”、まず“声を発する行為”のほうが孤独感軽減に効果あるって研究もあるよ」
 幸輝「エビデンス、出典あるか?明示しないと弱い」
 渚「後で文献リスト送るわ」
 瑠璃(心の声)
  (……このゼミ、ほんとに情報の暴力……!)

 〇教室・智貴と瑠璃の席
 智貴(メモを整理しながら)
  「音声機能のタイミング制御と発話内容のバリエーションが課題になる。“自然な会話”を模倣するには統計ベースよりルールベースが――」
 瑠璃(眉を寄せ)
  「待って。“自然”って、どっち?人間が自然と思う反応なのか、機械にとって自然な処理順なのか、どっちを優先する?」
 智貴「実用性を重視するなら、処理速度と再現性の高いものが優先だ。」
 瑠璃「でも、使うのって“人”だよ?」
 智貴「……それは知っている。」
 瑠璃「じゃあ、機械の都合を“人に押しつける”のって違わない?」
 智貴(口を閉ざし、言い返せないままノートを見つめる)

 〇ミーティング後のカフェスペース
 瑠璃、紅茶をすすりながら、智貴と対面。無言の空気。
 瑠璃(ふっと笑って)
  「ねぇ、智貴って、“正しさ”って何だと思ってるの?」
 智貴「……定義による。」
 瑠璃「たとえば?」
 智貴「統計上の平均に近い行動。過去の成功率の高い選択。
  あるいは――他者にとって否定しにくい言葉の構造。」
 瑠璃(しばらく考えて)
  「そっか。でも私は、“誰かが喜ぶこと”が、正しさだと思ってる。」
 智貴「……それは危うい。」
 瑠璃「危うくても、それが楽しいこともあるよ?」
 智貴「楽しい、は、正しいとは限らない。」
 瑠璃「正しくても、楽しくなきゃ意味ないこともある。」
 智貴「……矛盾だ。」
 瑠璃「うん。でも矛盾も、案外、人間っぽくていいよ?」
 智貴(視線を逸らし、小さくため息)

 〇夜・智貴の部屋
 白い光に照らされながら、デスクの上でぬいぐるみ試作品にコードを接続している智貴。
  モニターには“感情レベル自動調整プログラムβ”の画面。
 智貴(心の声)
  「人にとって、自然で、気配があって、正しい“会話”……そんなもの、再現できるか。」
 智貴(ぼそっと)
  「“誰かが喜ぶこと”か……」
 彼は机の上に置いたぬいぐるみに向かって、小さな声で言う。
 智貴「……おかえり。」
 ぬいぐるみは数秒のラグののち、鈍い合成音で返す。
 ぬいぐるみ(AI音声)
  「おかえりなさい。」
 智貴(無表情のまま)
  「……違う。」

 〇夜・瑠璃の部屋
 ノートPCで、感情インタフェースの色彩演出のシミュレーションをする瑠璃。
  さまざまな色パターンのスライド。メモには「喜→暖色、悲→寒色 or 逆転の演出もあり?」
 瑠璃(心の声)
  「“正しさ”って、あいまいなままでいい。だって、答えってひとつじゃないし。」
 彼女は窓を開け、外の夜風に当たる。
 瑠璃(心の声)
  「でもきっと――“誰かのために考える”って気持ちは、いつかちゃんと届くはず。」

 〇大学・教室の一角・1週間後の再ピッチ発表会
 プロトタイプ案をペアで発表する日。各ペアは簡易模型やスライドを持ち込み、順にプレゼンをしていく。
 拓海&咲子ペア
  「“帰宅時の感情分析ライト”です!入室時の表情を読み取って、色で応援してくれる照明!」
 はるな&啓太ペア
  「“ひとりランチ応援アプリ”。位置情報と連動して、学食の空き具合を通知します!」
 渚&幸輝ペア
  「“自律型スケジュール最適化AI”。心理的負担を測定して、自動で課題を分配します。」
 川口(うなる)
  「おお……どれも技術的にもよく練られてきたな」

 〇智貴&瑠璃ペアの順番が回ってくる
 智貴と瑠璃、ぬいぐるみ型プロトを机に置き、シンプルなスライドを準備。
 瑠璃
  「“声で返事をしてくれるぬいぐるみ”、の試作版です。
  でも今回は、あえて“会話内容”じゃなくて、“雰囲気”を重視しました。」
 智貴(補足)
  「具体的には、発話者の声のトーン・速度・間を分析し、応答側が“感情を模倣”するアルゴリズムを開発しました。」
 ぬいぐるみにマイクが仕込まれており、試しに川口が話しかける。
 川口「ただいまー」
 数秒後、ぬいぐるみ(柔らかい声)
  「おかえりなさい」
 その声が自然で、優しく、会場がほぅっと和んだ空気に包まれる。
 咲子「わ、なんか……ちょっと泣きそう……」
 俊輔「人工音声だけど、波形が抑揚に近い……データ、どう処理してる?」
 智貴「実験的に、感情値と波形パターンの相関モデルを用いて生成した。数値化もある程度できている。」
 川口「……すごいな。これは“アイデアの勝利”だ。」

 〇教室の外・発表後の休憩時間
 瑠璃、ベンチでジュースを飲んでいる。智貴が隣に腰を下ろす。
 智貴「……なぜ“雰囲気”にこだわった?」
 瑠璃「うーん……理屈じゃないっていうか、“空気”ってあるじゃん。
  たとえば、怒ってないのに怒ってるように見える人とかさ。」
 瑠璃「そういう“すれ違い”が、けっこう孤独に繋がると思ったんだよね」
 智貴「……それは、僕にはない発想だ。」
 瑠璃(にっこり)
  「ありがと。褒められた?」
 智貴「……認めた、だけだ。」
 瑠璃(くすっと笑って)
  「そっか。」

 〇夕方・ゼミ教室・川口の総評
 川口
  「どの案もユニークで、それぞれの切り口が良かった。
  今回は“技術としての完成度”より、“誰にどう届くか”という観点を重視した。」
 川口
  「その意味で、智貴・瑠璃ペアの“感情模倣AI”は、“優しい正しさ”という新しい方向性を提示してくれたと思う。」
 瑠璃(小声で)
  「……“優しい正しさ”か。いい言葉だね」
 智貴「使い勝手は悪いけどな」
 瑠璃「でも、それが人間だよ」

 〇夜・瑠璃の部屋
 今日のプレゼンの記録映像をスマホで見返す瑠璃。
 瑠璃(心の声)
  「正しさって、いろんな形がある。
  それがぶつかったとき、“違う”って決めつけないで、
  “混ぜてみよう”って思えたら――たぶん、世界は少し優しくなる。」
 彼女のノートには新たなタイトル案:
 『感情のうつる、ぬいぐるみ』
 と書かれている。

 〇智貴の部屋・夜
 机の上には、ぬいぐるみとUSBケーブル。
 智貴(心の声)
  「“喜んでもらえることが、正しさ”。
  ……まだ理解できないが、それを否定する理由は、もうない。」
 彼はぬいぐるみの頭を一度だけ軽く撫でる。
 ぬいぐるみ(音声)
  「きょうも、おつかれさま。」
 智貴(小さく、目を閉じる)
  「……ありがとう。」

 〇エンドカット・月夜のキャンパス、風が揺れる木々
 瑠璃(モノローグ)
  「まだ、何も知らない。
  でも――
  きみの正しさを、もう少し知ってみたいって思った。」
 タイトルロゴ:
  『となりの研究室で、きみと。』
 【To be continued…】