〇大学・仮設ルーム・最終日・朝
展示会の撤収作業が始まっている。
空間が少しずつ解体され、壁に貼られていた言葉たちが箱に収められていく。
瑠璃はひとり、まだ片付けられていないパネルの前に立っている。
そこに智貴がやってくる。
智貴「……最後の展示、君らしかった。
やわらかくて、でも芯がある」
瑠璃「ありがとう。……でも、ちょっとだけ後悔してることがあるの」
智貴「……?」
瑠璃(パネルを見つめたまま)
「“ほんとうに届けたかった言葉”を、まだ言えてないままなんだ」
智貴「……それは、誰に?」
瑠璃(少し間を置いて)
「――君に」
〇その日の昼・教室・瑠璃と咲子が荷物をまとめながら話している
咲子「で、瑠璃ちゃんは結局どうするの? 智貴くんに言うの?」
瑠璃「……うーん、言いたい気持ちはあるんだけど、
“言ったら何かが壊れるかも”って、怖い」
咲子「でもさ、言わないまま終わるのって、もっと怖くない?」
瑠璃「……うん。“好き”って言葉って、簡単に見えて、
ほんとはすごく“責任”みたいなものを背負うんだなって思って」
咲子「わかる。でも、君になら届くと思うよ。ちゃんと、言葉にすれば」
〇同じ頃・構内の屋上・智貴と俊輔が並んで立つ
俊輔「……言葉にするのは、怖いか?」
智貴「“好き”という言葉を、“どんな文脈”で使うべきか、いまだに定まらない。
だが、黙っていることが“誤解”を生むなら、
少しぐらい不完全でも、伝えるべきだとは思ってる」
俊輔「“定義”じゃなくて、“感情”で動けるようになったな。……成長だな」
智貴「……皮肉か?」
俊輔「いや、敬意だよ」
〇夜・キャンパス裏の静かな坂道・瑠璃がひとり歩いている
風が吹く。彼女はポケットから折りたたんだメモを取り出す。
何度も書き直された痕跡のある、ひとこと。
「好きです。あなたといる時間が、すごく好きでした。」
彼女はそれを見つめて、そっと笑う。
瑠璃(心の声)
「……言葉って、紙に書くとやさしいのに。
声に出そうとすると、こんなに震えるなんてね――」
〇翌日・卒業前最後のゼミミーティング・教室
全員が揃っている。仮設ルームはすでに解体され、室内にはほんの少しの余韻が漂っている。
川口「この一年、みんなよくやった。
“感情を設計する”なんて無茶だと思ってたけど……
今なら言える、これは本当に“人を動かす研究”だった」
拍手が起こる。
その中で、瑠璃と智貴は、互いにまだ言葉を交わさず、時折目を合わせるだけ。
〇その日の午後・校内の中庭・智貴が一人で考え込んでいる
彼の手には、小さな紙片。
「好きです。あなたといる時間が、すごく好きでした。」
瑠璃が間違って落としていったメモだ。
智貴(心の声)
「……これは、明確な表明。
“好き”という言葉を、感情としてではなく、
選ばれた“関係の形”として受け取るべきなのだろう」
彼はしばらく見つめたあと、メモを胸ポケットにしまい、立ち上がる。
〇夕方・図書館裏のベンチ・ふたりきりの場所で瑠璃を待つ智貴
やがて瑠璃がやってくる。緊張した面持ちで、目を伏せる。
瑠璃「……あの、昨日の……手紙、見たよね?」
智貴「見た。読んだ。
そして、自分の感情と言葉の不一致について、
たくさん考えた」
瑠璃「……うん」
智貴「結論を言う。“好きです”。
それは、“もっと君と話したい”という感情の結果であり、
“離れたくない”という意思表示でもある」
瑠璃(ふっと笑い)
「やっぱり、説明くさいなあ……」
智貴(少し眉を下げて)
「……改善の余地はあるか?」
瑠璃「ないよ。最高。
それが君だから、“届いた”って、ちゃんと思えた」
智貴(静かに)
「ありがとう。
これは僕にとって、今までで一番“不正確”で、“正しい”言葉だ」
〇夜・仮設ルーム跡地・2人が並んで座っている
ライトも、展示も、すべてが消えた場所で。
それでも、2人の間にはあたたかいものが残っている。
瑠璃「……来年はもう、ここにはいないけど」
智貴「記録も記憶も、保存されている。
それに、“君の声”は、もう僕の中にある」
瑠璃(微笑みながら)
「……うれしい。それ、ちゃんと持っててね」
智貴「もちろん。これは、僕の最初の“感情の原点”だから」
〇卒業式の朝・大学構内・正門前
春の光の中、スーツや袴姿の学生たちが集まってくる。
ゼミメンバーもひとり、またひとりと現れ、再会の笑顔を交わす。
沙也香「……もう、みんなで集まるの、今日が最後かもね」
祐貴「それでも“終わり”じゃない。繋がりは選べる」
咲子「ちょっと感動的なこと言った!録音したい!」
俊輔「こういうときに記録欲が爆発するのが君の“らしさ”だな」
里紗「でも、今日はその“らしさ”全部愛せそう。ね?」
一同、笑いが起きる。
〇その頃・仮設ルーム跡地・瑠璃と智貴が最後の見回り
何もなくなった空間の中心で、ふたりは静かに立ち止まる。
瑠璃「ここが、最初の場所だったね。全部が、始まった」
智貴「……あの日の君は、風のようだった。掴めなくて、でも、心地よくて」
瑠璃「今は? 私、ちゃんと“居る”?」
智貴「君は、ずっと僕の中に“居続ける”。
それは、もうデータでも論理でもない。証明は、できない。……けど、確かにある」
瑠璃「……言葉にならないものも、大事だって、教えてくれてありがとう」
智貴「君が、それを教えてくれたんだ」
〇卒業式後・構内の並木道・ゼミ全員で歩く
咲子「ねぇ、最後に写真撮ろうよ!“となり研”全員で!」
全員が並び、シャッターの直前、瑠璃が言う。
瑠璃「ねぇ、最後に一言いい?」
全員「なにー?」
瑠璃「“好きになってよかった”って、心から思える時間でした。
みんなと、研究と、全部と!」
シャッターが切られる。
〇エンドカット・未来のゼミ室・新入生たちの中で語られる言葉
新ゼミ生「このゼミって、感情の研究がテーマなんですよね?」
新ゼミ生B「“となりの研究室で”ってプロジェクト、知ってる? 感情設計のはじまりなんだって」
壁に飾られた写真には、かつてのメンバーたちの笑顔。
そして、その下には手書きの言葉が。
「言葉にしきれない想いを、あなたと探した日々が、今のわたしをつくっています」
タイトルロゴ:
『となりの研究室で、きみと。』
【完】
展示会の撤収作業が始まっている。
空間が少しずつ解体され、壁に貼られていた言葉たちが箱に収められていく。
瑠璃はひとり、まだ片付けられていないパネルの前に立っている。
そこに智貴がやってくる。
智貴「……最後の展示、君らしかった。
やわらかくて、でも芯がある」
瑠璃「ありがとう。……でも、ちょっとだけ後悔してることがあるの」
智貴「……?」
瑠璃(パネルを見つめたまま)
「“ほんとうに届けたかった言葉”を、まだ言えてないままなんだ」
智貴「……それは、誰に?」
瑠璃(少し間を置いて)
「――君に」
〇その日の昼・教室・瑠璃と咲子が荷物をまとめながら話している
咲子「で、瑠璃ちゃんは結局どうするの? 智貴くんに言うの?」
瑠璃「……うーん、言いたい気持ちはあるんだけど、
“言ったら何かが壊れるかも”って、怖い」
咲子「でもさ、言わないまま終わるのって、もっと怖くない?」
瑠璃「……うん。“好き”って言葉って、簡単に見えて、
ほんとはすごく“責任”みたいなものを背負うんだなって思って」
咲子「わかる。でも、君になら届くと思うよ。ちゃんと、言葉にすれば」
〇同じ頃・構内の屋上・智貴と俊輔が並んで立つ
俊輔「……言葉にするのは、怖いか?」
智貴「“好き”という言葉を、“どんな文脈”で使うべきか、いまだに定まらない。
だが、黙っていることが“誤解”を生むなら、
少しぐらい不完全でも、伝えるべきだとは思ってる」
俊輔「“定義”じゃなくて、“感情”で動けるようになったな。……成長だな」
智貴「……皮肉か?」
俊輔「いや、敬意だよ」
〇夜・キャンパス裏の静かな坂道・瑠璃がひとり歩いている
風が吹く。彼女はポケットから折りたたんだメモを取り出す。
何度も書き直された痕跡のある、ひとこと。
「好きです。あなたといる時間が、すごく好きでした。」
彼女はそれを見つめて、そっと笑う。
瑠璃(心の声)
「……言葉って、紙に書くとやさしいのに。
声に出そうとすると、こんなに震えるなんてね――」
〇翌日・卒業前最後のゼミミーティング・教室
全員が揃っている。仮設ルームはすでに解体され、室内にはほんの少しの余韻が漂っている。
川口「この一年、みんなよくやった。
“感情を設計する”なんて無茶だと思ってたけど……
今なら言える、これは本当に“人を動かす研究”だった」
拍手が起こる。
その中で、瑠璃と智貴は、互いにまだ言葉を交わさず、時折目を合わせるだけ。
〇その日の午後・校内の中庭・智貴が一人で考え込んでいる
彼の手には、小さな紙片。
「好きです。あなたといる時間が、すごく好きでした。」
瑠璃が間違って落としていったメモだ。
智貴(心の声)
「……これは、明確な表明。
“好き”という言葉を、感情としてではなく、
選ばれた“関係の形”として受け取るべきなのだろう」
彼はしばらく見つめたあと、メモを胸ポケットにしまい、立ち上がる。
〇夕方・図書館裏のベンチ・ふたりきりの場所で瑠璃を待つ智貴
やがて瑠璃がやってくる。緊張した面持ちで、目を伏せる。
瑠璃「……あの、昨日の……手紙、見たよね?」
智貴「見た。読んだ。
そして、自分の感情と言葉の不一致について、
たくさん考えた」
瑠璃「……うん」
智貴「結論を言う。“好きです”。
それは、“もっと君と話したい”という感情の結果であり、
“離れたくない”という意思表示でもある」
瑠璃(ふっと笑い)
「やっぱり、説明くさいなあ……」
智貴(少し眉を下げて)
「……改善の余地はあるか?」
瑠璃「ないよ。最高。
それが君だから、“届いた”って、ちゃんと思えた」
智貴(静かに)
「ありがとう。
これは僕にとって、今までで一番“不正確”で、“正しい”言葉だ」
〇夜・仮設ルーム跡地・2人が並んで座っている
ライトも、展示も、すべてが消えた場所で。
それでも、2人の間にはあたたかいものが残っている。
瑠璃「……来年はもう、ここにはいないけど」
智貴「記録も記憶も、保存されている。
それに、“君の声”は、もう僕の中にある」
瑠璃(微笑みながら)
「……うれしい。それ、ちゃんと持っててね」
智貴「もちろん。これは、僕の最初の“感情の原点”だから」
〇卒業式の朝・大学構内・正門前
春の光の中、スーツや袴姿の学生たちが集まってくる。
ゼミメンバーもひとり、またひとりと現れ、再会の笑顔を交わす。
沙也香「……もう、みんなで集まるの、今日が最後かもね」
祐貴「それでも“終わり”じゃない。繋がりは選べる」
咲子「ちょっと感動的なこと言った!録音したい!」
俊輔「こういうときに記録欲が爆発するのが君の“らしさ”だな」
里紗「でも、今日はその“らしさ”全部愛せそう。ね?」
一同、笑いが起きる。
〇その頃・仮設ルーム跡地・瑠璃と智貴が最後の見回り
何もなくなった空間の中心で、ふたりは静かに立ち止まる。
瑠璃「ここが、最初の場所だったね。全部が、始まった」
智貴「……あの日の君は、風のようだった。掴めなくて、でも、心地よくて」
瑠璃「今は? 私、ちゃんと“居る”?」
智貴「君は、ずっと僕の中に“居続ける”。
それは、もうデータでも論理でもない。証明は、できない。……けど、確かにある」
瑠璃「……言葉にならないものも、大事だって、教えてくれてありがとう」
智貴「君が、それを教えてくれたんだ」
〇卒業式後・構内の並木道・ゼミ全員で歩く
咲子「ねぇ、最後に写真撮ろうよ!“となり研”全員で!」
全員が並び、シャッターの直前、瑠璃が言う。
瑠璃「ねぇ、最後に一言いい?」
全員「なにー?」
瑠璃「“好きになってよかった”って、心から思える時間でした。
みんなと、研究と、全部と!」
シャッターが切られる。
〇エンドカット・未来のゼミ室・新入生たちの中で語られる言葉
新ゼミ生「このゼミって、感情の研究がテーマなんですよね?」
新ゼミ生B「“となりの研究室で”ってプロジェクト、知ってる? 感情設計のはじまりなんだって」
壁に飾られた写真には、かつてのメンバーたちの笑顔。
そして、その下には手書きの言葉が。
「言葉にしきれない想いを、あなたと探した日々が、今のわたしをつくっています」
タイトルロゴ:
『となりの研究室で、きみと。』
【完】


