〇大学・ゼミ教室・プロジェクト報告会1週間前
 展示会を終え、ゼミ全体は最終報告会に向けて再始動。
  そのなかで、咲子と俊輔の様子が少し変わっている。
 咲子(資料整理中、独り言)
  「“自分らしくていい”って言われても……私、そもそも何が“向いてる”のかわかんないんだよなぁ」
 俊輔(隣の席で手を止めて)
  「……向いていない、と思う理由は?」
 咲子「うーん……“全部中途半端”っていうか。
  やりたいって思っても、ちゃんとやれる自信がないんだよね」
 俊輔「“できる”と“やれる気がする”の間には、距離がある。
  だが、そこに踏み出せるかどうかが、適性より先の話だ」
 咲子(ぽかん)
  「つまり?」
 俊輔「……“向いてるかどうか”を考える前に、始めていい、ということ」

 〇昼休み・構内の芝生エリア・瑠璃と咲子がサンドイッチを食べながら話す
 瑠璃「咲子ちゃんって、いつも明るいからさ。
  “自信ない”って言われると、ちょっとびっくりする」
 咲子「……うん。でもそれ、笑ってないと“何もない人”に見えそうでさ」
 瑠璃「それ、私も同じだったよ。
  “明るいキャラ”って思われてると、急に黙った時に“どうしたの?”って言われるじゃん?」
 咲子「そうそう!なんか、もう笑ってるほうが楽って思っちゃって……」
 瑠璃「でも本当は、どんな顔してたって“咲子ちゃん”なんだよ。
  たとえ泣いてても、黙ってても、咲子ちゃんの価値は減らないの」
 咲子(少しうるんだ目で)
  「……そう言ってくれる人がいるの、ありがたいなぁ。
  向いてないと思ってたけど……ちょっとだけ、がんばってみようかな」

 〇同じ頃・研究棟ラボ・俊輔が教授に呼ばれている
 教授「君の研究、“正しい”んだよ。でも“面白くない”ってのが正直な感想だ」
 俊輔(驚かず、静かに)
  「……はい」
 教授「そろそろ“数字を追うこと”以外に、“自分が惹かれるもの”に向き合ってみたらどうだ。
  君は、“向いてること”じゃなく、“没頭できること”を探すべきだと思う」
 俊輔「……考えてみます」

 〇夜・俊輔の部屋・研究ノートのページに並ぶ問い
 ・“正しい”だけで、いいのか?
  ・“研究者らしさ”とは?
  ・咲子の言葉が、なぜ頭に残っている?
 俊輔(心の声)
  「正しさだけでは、人の心は動かない。
  それは、渚や咲子と過ごして、やっとわかりかけてきた。
  なら――向いてないと思う場所にこそ、“自分”が見えるのかもしれない」

 〇翌日・仮設ルーム内・展示の改修作業
 咲子は試作展示物の配置を調整しているが、手が止まりがち。
  そこに、俊輔が静かに近づく。
 俊輔「……昨日の“自信ない”という発言、まだ考えていた」
 咲子「え、うわ……ごめん、変なこと言っちゃってた?」
 俊輔「逆。非常に重要な視点だ。“向いてるかどうか”ではなく、
  “今の自分がそこにいていいと思えるか”。
  それは、今の僕にも大きな問いだ」
 咲子(少し驚き)
  「……俊輔くんでも、そんなふうに思うんだ」
 俊輔「……僕は、常に“正しい方”を選ぼうとする。
  でも、最近は“面白いと思えるか”の方が、気になり始めた。
  ……それは、君のおかげかもしれない」
 咲子「……それって、ちょっと照れるやつだなぁ」
 俊輔「事実を述べただけだ」

 〇その日の午後・校舎の裏庭ベンチ・咲子がノートに落書き中
 瑠璃と沙也香が通りかかる。
 沙也香「何してるの?」
 咲子「“自分が向いてること”と、“やってみたいこと”を書き出してみてるの。
  でも、向いてることって言われたら……何も浮かばなくてさ」
 瑠璃「じゃあさ、“向いてないと思ってること”の横に、
  “ちょっとだけ楽しい瞬間”書いてみたら?」
 沙也香「それ名案!“苦手”の中に、実は“好き”が隠れてたりするもんね」
 咲子「……たしかに。“人前で話すの苦手”だけど、
  “誰かが笑ってくれた時は嬉しい”とか……うん、それ、書いてみる!」

 〇夜・研究棟の静かな階段・俊輔と智貴が話す
 俊輔「“自分の研究が面白くない”と言われた。
  正しいだけでは、届かないと痛感している」
 智貴「“理解されること”と“伝わること”は違う。
  君は、今ようやく“伝えること”に踏み出している」
 俊輔「……“向いてない”と思っていた、感情の共有。
  でも、それがなければ、僕の研究は“人”を対象にできない」
 智貴「なら、それが“始まり”だ。
  “向いてない”から始まる研究の方が、人間的だよ」

 〇数日後・ゼミ教室・ふたりの新テーマ発表
 【俊輔】「共感不全者による感情設計の再挑戦」
  【咲子】「“笑われる私”から“笑わせたい私”へ」
 川口「……どちらも、自分に対してまっすぐなテーマだな。
  “向いてない”と感じるところに、自分の原点を置いたのがいい」
 咲子「向いてなくても、やっていい。……そう思えるようになったから」
 俊輔「“理解できない”ではなく、“分かろうとする”。
  それが、僕の次の研究になる」

 〇展示会当日・新テーマコーナー:咲子と俊輔の展示
 展示ブースの名前は
 『不器用というスタートライン』
 壁に並ぶのは、こんな言葉たち:
 「人前で話すと手が震える。でも、声が届いたときの気持ちは最高だった」


 「共感って、わからないなりに想像する努力だったんだ」


 「“自信がない”は、“諦める”の前じゃなく、“始める”の一歩手前だった」


 来場者(モブ)の反応
  「……“向いてないこと”に優しくなれる展示だ」
  「今の自分にちょうどよかった……ありがとう」

 〇午後・展示を一周したあと、咲子と俊輔がベンチで休んでいる
 咲子「ねえ、俊輔くん」
 俊輔「……ん?」
 咲子「なんかさ、今ならちょっと“向いてるかも”って言ってみたくなってきた。
  うまくできなくても、“やってみたい”って思えてるなら、もうそれでいいかなって」
 俊輔「……それは、“自分で選んだこと”だから、意味がある。
  他人に決められた“適性”よりもずっと、大事だ」
 咲子「じゃあ、これからも一緒にやってこうよ。
  “向いてないふたり”で、“向いていく方法”を探すの」
 俊輔「……同意。共同研究として継続希望」
 咲子(笑って)
  「カタいな~……でも、嬉しい」

 〇夜・ゼミグループチャット
 咲子:展示テーマ、正式決定しました!
  『不器用というスタートライン』
  -“向いてない”を始まりに変える、わたしたちの研究-
 瑠璃:超すてき!!
  渚:それ、私たち全員の話かも
  はるな:“向いてない”って口癖、やめたくなった
  拓海:“やりたい”の方を信じてみる
  沙也香:不器用な強さ、最高だったよ
  川口:来年度のシンポジウムで紹介予定。覚悟しておけ

 〇エンドカット・構内の階段に並んで座る咲子と俊輔
 咲子(モノローグ)
  「向いてない、って言葉。
  それは、誰かと比べて決めた“自分の限界”だった。
  でも今なら――
  それを始まりに変えて、一歩踏み出す力にできる。
  “自分で決めた一歩”が、いちばん私らしいって、やっと思えたから」
 タイトルロゴ:
  『となりの研究室で、きみと。』
 【To be continued...】