〇大学構内・正門前・春の午後
 満開の桜が舞い散る中、看板には「未来都市生活研究プロジェクトメンバー募集説明会→」の文字。
 登場人物たちがそれぞれの思いを胸に構内へ向かっていく様子。
 瑠璃(心の声)
  「正直、乗り気じゃなかった。集団行動とか、共同作業とか……できれば、避けて通りたい。」
 でも、とつぶやきながら桜を見上げる。
 瑠璃(心の声)
  「“未来の暮らしを一緒に考える”って言葉にだけ、ほんの少しだけ惹かれた。」

 〇大学・講義棟A棟105教室
 円卓型のゼミ机に12人が座る。前にいるのは教授ではなく、進行役の大学院生・川口(男・30歳前後)。
 川口
  「よし、じゃあ今日からスタートです。“未来都市生活研究プロジェクト”、通称“ミラプロ”。君たちは、全学部から選抜されたメンバーです。」
 瑠璃(心の声)
  「選抜っていうけど、たぶん志望理由が真面目すぎないとか、尖ってる人が好かれるやつだ。」
 川口
  「今回はただの座学じゃない。実際にプロトタイプを形にして、発表することがゴール。ゼミというより“実戦”だと思ってくれ。」
 智貴(無表情でノートに箇条書き)
 瑠璃(心の声)
  (うわ、隣の人……めちゃくちゃ速い。もうメモとってる。字もきれい。ていうか、なんで笑わないの?)
 川口
  「まずは全員、簡単な自己紹介を頼むよ。名前と所属と、やりたいこと。端から順にいこう。」

 〇教室・順番に自己紹介するメンバーたち
 順に紹介されていく。みな個性的だが、どこか“尖っている”。
 啓太「経済学部の啓太です!えーっと、人生のやり直しをしたいなって思って、応募しました!」
 瑠璃(心の声)
  (え、人生のやり直し!?)
 はるな「教育学部のはるなです。みなさんと楽しくできたら…と思ってます。」
 幸輝「法学部の幸輝です。ルールに従うことが好きです。時間には厳しいです。」
 渚「看護学部・渚。…必要以上には関わりません。情報共有、効率重視。」
 俊輔「理学部・俊輔。現場と仮説、両方から考えます。」
 里紗「文学部の里紗でーす。こう見えて協調性はありません☆でも笑顔は得意です!」
 拓海「社会学部の拓海です。誰かがやるなら僕もやる。…そんなスタンスです。」
 咲子「体育学部の咲子です!誰かの力になるのが好きです!」
 祐貴「芸術学部の祐貴。独自性は他者との関係からは生まれない。僕は僕でありたい。」
 沙也香「医学部の沙也香です。体調崩しやすい人がいたら、気軽に声をかけてくださいね」

 〇瑠璃の番が来る
 瑠璃(あっさりと)
  「デザイン学科の瑠璃です。人混みが苦手です。少人数の方が得意です。」
 全体が一瞬静かになる。瑠璃、別に気にせず着席。

 〇智貴の番
 智貴(淡々と)
  「工学部の智貴です。現実的な課題解決をすることが好きです。自分から話しかけるのは得意ではありません。」
 また一瞬の静寂。
 川口(苦笑しながら)
  「個性豊かだね。面白くなりそうだ。」

 〇教室・川口がグループ分けを発表
 川口
  「さて、まずは最初のペアワークをしてもらう。2人1組で、“都市のひとり暮らしの課題”をテーマに初期案を出してもらうよ。」
 川口
  「ペアは…AIでランダムに組んだ。じゃん、こちら!」
 大型スクリーンに名前が表示される。
 ペア表(抜粋)
  ・智貴×瑠璃
  ・啓太×はるな
  ・幸輝×渚
  ・俊輔×里紗
  ・拓海×咲子
  ・祐貴×沙也香
 瑠璃(心の声)
  (うわ……一番相性悪そうな人と組んじゃった……)
 智貴(淡々と)
  「よろしく」
 瑠璃「……よろしく」

 〇カフェスペース・智貴&瑠璃の打ち合わせ(ぎこちない空気)
 智貴
  「“ひとり暮らしの課題”か。統計的には、家事全般と孤独感が主な問題とされている。データを見るか?」
 瑠璃「……いや。私は、“気配がないこと”が問題だと思う。」
 智貴「気配?」
 瑠璃「誰かの存在を感じることで、人って安心することがあるでしょ。でも一人暮らしだと、何もない。」
 智貴「主観的すぎる。」
 瑠璃「……でも、それを解決したら、生活はもっと楽になるよ。」
 智貴「論理性がない。感情に基づいた主張は、データに勝てない。」
 瑠璃「データにしか頼れないのって、ちょっとつまらないよね。」
 智貴(沈黙)

 〇同・カフェスペースの奥・智貴と瑠璃の会話、続き
 智貴(少し考える)
  「……仮に“気配”が課題だとして、それをどうやって“解決”する?」
 瑠璃(即答)
  「音。空間。光。あと、香り。」
 智貴「抽象的すぎる。」
 瑠璃「じゃあ、“独り言を返してくれるAI”っていうのは?」
 智貴(すっと手元のタブレットにメモ)
 智貴「音声認識と自然言語処理の応用で可能。ただ、精度とラグの問題がある。感情に寄り添える返答をさせるには――」
 瑠璃「……“話を聞いてくれるぬいぐるみ”じゃダメ?」
 智貴「それなら、今すぐ試作できるかもしれない。素材をどうするかが問題だ。」
 瑠璃(ぱちっと瞬き)
 瑠璃「……へえ。ちょっと意外。アイデア、否定しないんだね。」
 智貴(無表情のまま)
  「根拠があるなら、聞く価値はある。」
 瑠璃(小声で)
  「根拠はないけど、感触はあるよ。」
 智貴「それを数値化できれば、採用する。」
 瑠璃(ふっと笑う)
  「……面白いね。理屈ばっかりかと思ったら、けっこう乗ってくるじゃん。」
 智貴(少しだけ目を伏せ)
  「そっちが無軌道すぎるから、バランスを取った。」

 〇教室・川口が巡回しながら様子をチェック
 川口「お、瑠璃&智貴ペア、順調そうだね。初日でそこまで噛み合うとは思わなかった。」
 瑠璃「たぶん噛み合ってないです。話は通じてない気がする。」
 智貴「対話の定義による。」
 川口「……そこもまた相性かもね。」

 〇帰り道・大学構内の歩道
 夕暮れ時。瑠璃と智貴が並んで歩くが、会話はない。
 瑠璃(小さく口を開く)
  「……一緒にやってて、楽しい?」
 智貴「有用な時間ではある。」
 瑠璃「……うーん。じゃあ、それでいいのか。」
 智貴「“楽しい”の定義は、個人によって異なる。」
 瑠璃(ため息)
  「……ほんっと、話にならないなあ。」
 智貴(立ち止まって)
  「それなら、ペア解消を申し出るか?」
 瑠璃(歩きながら振り向かず)
  「しないよ。まだ面白くなりそうだし。」

 〇瑠璃の下宿先・夜
 ワンルームのシンプルな部屋。壁一面にスケッチやアイデアのメモが貼られている。
  デスクに向かい、ノートに「“気配”がある空間とは?」と大きく書く。
 瑠璃(心の声)
  「“気配がある”って、何だろう。」
 ベッドにごろりと倒れながらスマホで“孤独感 ひとり暮らし”などと検索。
 瑠璃(心の声)
  「誰かが、いてくれる感じ。それって、感情? 生理的な反応? それとも……記憶?」

 〇智貴の自室・夜
 無機質な部屋。無印系の棚に機材、整頓されたノート。
  机に並んだ試作中の小型AIスピーカーのパーツと、ラズベリーパイ。
 智貴(手を止めて)
  「“話しかけられるAI”……情動データと結びつけるには、どう設計する。」
 手元のメモに、「声に表情を乗せる技術」「耳ざわりの良い波形」と書き込む。
 智貴(心の声)
  「“気配”を作る、か。」

 〇数日後・大学・研究スペース
 瑠璃が持ってきた手作りのぬいぐるみ(中にマイクを仕込んだ試作品)。
 瑠璃「“ぽんぽこ2号”です。見た目重視。」
 智貴(じっと見つめて)
  「なぜ“2号”?」
 瑠璃「1号は燃えた。」
 智貴「……素材の見直しが必要だ。」
 川口「君たち、進行速くない? 他のペアはまだテーマで揉めてるよ?」
 瑠璃「この人、文句は多いけど仕事は速いです。」
 智貴「それはそっちにも言える。」
 川口「おおー、良い関係じゃん。ちゃんと褒めてるね?」
 瑠璃・智貴(声を揃えて)
  「褒めてません。」

 〇ゼミ掲示板前・メンバーが集まる
 川口「さて、今日は中間報告だ。各ペアのコンセプトをプレゼンしてもらう。」
 啓太(緊張気味に)はるなと目を合わせ
  「俺、噛んだらごめん……!」
 はるな「大丈夫、ちゃんと練習したもんね」
 渚(幸輝に)「……プレゼンの文、直したわ。数字の表だけじゃ伝わらない」
 幸輝「……ありがとう。助かる」
 智貴と瑠璃、スライドの確認をする。
 瑠璃「順番、最初と最後どっちがいい?」
 智貴「どちらでもいいが……一番最後が、全体を俯瞰しやすい。」
 瑠璃「じゃ、最後ね。」

 〇プレゼン風景・各ペアが次々に発表
 ペアそれぞれに個性が光る。拍手と緊張。
 いよいよ智貴&瑠璃ペアの番。
 瑠璃(前に出ながら)
  「私たちは、“見えない気配を感じる暮らし”をテーマにしました。」
 スライドには、ぬいぐるみとスピーカー、生活風景のスケッチ。
 智貴(続いて)
  「音声AIと触感センサーを用いた“対話型ぬいぐるみ”の開発です。」
 智貴「目的は、孤独の軽減ではなく、“誰かがそこにいると感じる安心感”の設計。」
 ざわ…と少しざわつく聴衆。
 瑠璃(柔らかく)
  「家に帰ってきたときに、『おかえり』って言ってくれる存在。それだけで救われる日って、あると思うんです。」
 会場、静かに聞き入っている。
 智貴(最後に)
  「技術的には未成熟だが、感情の再現を目指すアプローチとして、一定の成果が得られると考えています。」
 一拍おいて、拍手。
 川口「……なるほど。思ったより“あったかい”提案だったな。」
 他のメンバーもうなずく。

 〇帰り道・教室前の廊下
 瑠璃「……なんか、変な気分。」
 智貴「緊張したか?」
 瑠璃「ううん。緊張はしなかった。ただ、私と君で、同じものを話してるようで、違うものを見てる気がした。」
 智貴「それは違うものを、“見てる”んじゃなくて、“見たいもの”が違うだけだ。」
 瑠璃「……あ、そうかも。」
 少し沈黙。歩きながら――
 瑠璃「でも、それって、案外悪くないよね。」
 智貴(数秒沈黙ののち)
  「同意する。」

 〇エンドカット・夕暮れのキャンパス・ふたりの後ろ姿
 瑠璃(モノローグ)
  「名前も知らなかったあの人と、ひとつの案を形にした。
  だけどたぶん――これはまだ、ほんの始まりなんだと思う。」
 タイトルロゴ
  『となりの研究室で、きみと。』
 【To be continued...】