「え?」
 ウィリアムの反応に、イザベルは思わず聞き返してしまった。

 ウィリアムは考える素振りを見せると、手にしているノートとイザベルを交互に見る。
「イザベル嬢はさっき光の精霊を呼び出していたよね? 俺は光の精霊だけが呼び出せない。魔力のある人間は貴重だ。だから口止め料として明日から俺の錬金術の助手をしてくれないか?」

『錬金術』という単語にイザベルの心臓が大きく跳ねる。
 それは、自分の身体に宿る魔力を使って精霊から力を借り、あらゆる物質を霊薬に変える術のことだ。

 この世には魔術と錬金術の二つがあり、三百年前まで人々の生活に根づいていた。けれど時代の流れとともに魔力を使える人口が減少し、魔術と錬金術は衰退していった。
 さらに錬金術に関して、ある事件が八十年前に起きた。それは当時錬金術師として名を馳せていた人物が劇薬を作って人体実験を行っていたのだ。

 くだんの錬金術師のせいで錬金術のイメージは急速に悪化。今では錬金術と聞けば眉を顰めて異端と思う人間が大半だ。
 けれど、イザベルは違った。医学で治せないアデルの発作を、錬金術でなら治せるかもしれないと思ったからだ。

 とはいえ、自由な時間を持てないイザベルは、アデルの面倒を見るばかりで本を読むことすら叶わなかった。
(学園に入学してからは図書館で借りた本をこっそり読んでいたけど、錬金術の本はほとんどが焚書されたから詳しい内容のものはないのよね)
 考え込んでいたら、痺れを切らしたウィリアムが口を開く。

「嫌なら断ってくれて構わない。けど、さっきの一部始終を広められて困るのは君なんじゃないか?」
 イザベルは渋面になるのを隠さなかった。
 ウィリアムは一枚上手だったようだ。
 けれど、魅力的な誘いに心はわくわくしている。躊躇いなんてなかった。

「分かったわ」
「交渉成立だ。明日からよろしく、イザベル嬢」
「ええ、よろしくね。バートラムさん」
 ウィリアムから差し出された手をイザベルはしっかり握り締めた。