「当たり前じゃない。私があのお茶会を忘れるわけないわ。だけどどうしてウィリアム・バートラム子爵なんて名乗っていたの?」
ルーシャンはアデルの質問に答える。
「ウィリアムはミドルネームで、バートラムの爵位は祖父から賜った。ルーシャン・エインズワースの名前で入学すると、擦り寄ってくる者や目の敵にしている者の相手をしなくてはいけない。何かと不便だから名前を少し変えて入学した。大きな眼鏡を掛けていたのも自由を得るためだ」
「そうだったの。けど、それならイザベルだけじゃなくて私にも教えてくれたら良かったのに」
アデルは眉尻を下げてルーシャンに不満を漏らす。
それに対してルーシャンは眉をぴくりと動かし、冷たく言い放った。
「何故あなたに教える必要が?」
「えっ……だって私は、私の夢は……」
アデルは頬をほんのりと染めて指をもじもじと動かし始める。ルーシャンは面倒くさそうに小さく息を吐いた。
「俺が眼鏡を掛けて人との交流を絶っていたのは、君のような勘違いする人と無駄な時間を過ごしたくないからだ」
アデルは思わず頬をひくつかせる。けれど、すぐに微笑みを浮かべた。
「ルーシャン様、一つ忠告してあげる。あなたが婚約者に望んだイザベルはロブ様との誓約書があるの。誓約書はまだ取り下げ中だから、この子とは婚約できないわ」
アデルは申し訳なさそうに眉尻を下げる。そして次にある提案をした。
「そんなにファロン侯爵家との繋がりをお望みなら、この私と婚約しましょう。私ならすぐにでも婚約できるわ」
ルーシャンに拒絶されたばかりなのに、アデルはまだ自分に望みがあると思っているよう。
それに水を差したのはイザベルだった。



