イザベルは庭の隅で泣いている少年を発見した。彼の足元には汚された本が落ちていて、タイトルには『錬金術』の文字があった。
 この国で錬金術と聞くと大半の人間が異端だと眉を顰める。彼の身に何が起きたのか容易に想像がついた。
 イザベルは、本を拾い汚れを手で払った。そして、手渡しながら勇気づけた。

 何かに興味を持ち没頭するのは悪くない。先人が悪に利用して悪い印象を持たれているなら、あなたが善に利用して良い印象へと変えればいいだけだと鼓舞したのだ。
 この時のイザベルは時間を自由に使える少年が羨ましかった。だから、夢を諦めずに自分のやりたいことに情熱を注いで欲しいと切に願った。
 その後すぐに、イザベルは悲劇に襲われた。背中に怪我を負い、傷が残ると医者から宣告されてしまった。

 両親はアデルの心配ばかりで、怪我を負ったイザベルを気遣いもしない。
 いつものことだと済ますには悲しすぎた。
 そんな時、あの少年が手を握って言ってくれたのだ。

 ――君の傷痕を治す薬を完成させ、必ず迎えに行く、と。

 最後の言葉は、恐らくどこにも嫁げなくなるイザベルを慮っての発言だろう。
 イザベルは既にロブと婚約していたのだが、まだ内々で進められていたのでルーシャンが知らなくて当然だった。
 イザベルは嬉しくて頷いた。錬金術で一番作りやすいのは身体を元気にする回復薬。
 万能薬や特定の薬を作るにはそれなりの年月が必要になる。

 当時イザベルたちは七歳だった。あれから十年以上もの時が流れている。子供同士の約束だし、とっくに忘れていると思っていた。
『……まさかずっと私のために研究を?』
 尋ねたらルーシャンは大きく頷いた。