アデルは一人廊下に出て悔し涙を流した。
『あの』
 突然声を掛けられてアデルは振り返る。そこにはルーシャンがハンカチを差し出して立っていた。
 驚いてぱちぱちと瞬きをするアデルに、ルーシャンが優しく言う。
『辛い経験をされましたね。どうか、元気を出して下さい』
 自分のためにわざわざ追いかけてくれただなんて。嬉しくて天にも昇る気分だ。

『あ、私はアデル・ファロンです。以後お見知りおきを』
 スカートの裾を軽く持ち上げて挨拶をしてから、ハンカチを受け取るアデル。自分が可愛く見えるように微笑んだ。
『お優しいルーシャン様。ハンカチは必ず洗って返します』
 アデルはルーシャンに会う口実ができたと密かに喜んだ。けれど、彼と会う日は二度と来なかった。
 父によると、彼は十五歳になるまで隣国の祖父のもとで暮らすらしいのだ。

(十五歳ってことはセントベリー学園に入学しに帰ってくるってことよね。それまで待っていればいいわよね?)
 必ずセントベリー学園で再会できる。そう信じていたアデルだったが、ルーシャン・エインズワースという生徒は入学してこなかった。
 意識を現実に引き戻したイザベルは、机の上の白花のドームを人差し指で突いた。