姉の名前が耳に入り、条件反射的に歩みを止めてしまうイザベル。『泣かないで』ということは、泣いているのだろうか。
 この一ヶ月、人生で初めてアデルの面倒を見なかった。
 向こうが謝ってこないのを理由にイザベルは直接会いはしなかった。

 それでも心配で仕方がないので、わざとアデルのクラスの前を通ったり、寮母に気に掛けるようお願いしたりして見守ってはいた。
 泣いているのが気になったイザベルは、扉の隙間からそっと中の様子を窺う。扉の近くにいるアデルは確かに泣いている。泣いているが、イザベルはその光景に目を疑った。

 ポロポロと大粒の涙を流す彼女は、ロブに抱き締められているのだ。
 浮気が発覚してからも二人の関係は続いるらしい。
 イザベルは野草を持っていない手で口元を押えた。
 心のどこかで、いつかは浮気の謝罪に来てくれると信じていた。けれど目の前の光景からそんな日は一生来ないと悟った。

 呆然とするイザベルの耳に、二人の会話が嫌でも入ってくる。
「イザベルが私の面倒を見なくなったのは、全部私のせいよ。だって私、あの子の大切なあなたと恋に落ちてしまったんだもの」
 アデルは頬に伝う涙をハンカチで拭う。すると、腕を緩めたロブがアデルの頭にキスを落とした。

「アデルは悪くない。俺たちが惹かれ合うのは当然で、必然だったんだ。それに、あの女はアデルに手をあげて怪我をさせている。あんなのと結婚するなんて一族の恥だ!!」
 イザベルは謂れのない内容に驚きを隠せなかった。どちらかといえば、これまでイザベルの方が両親から手をあげられてきた。アデルは誰からも危害を加えられていない。

「怪我といっても痣だから痕は残らないわ。それよりもイザベルを悪く言わないで。あの子、みんなに構ってもらえず生きてきたから気を引きたくて必死なの。この前も一年の女子をいびってたけど、あれだって今まで我慢させられてきた反動みたいなものだから」
 アデルの口から出る嘘の数々にイザベルは戦慄した。身体の震えが止まらない。