足もとに積まれていた本に気づかず、イザベルは躓いて転びそうになる。
 瓶を割らないよう咄嗟に腕の中へ抱え込む。受身の体制は取れそうにないので、ぎゅっと目を瞑って衝撃に備えた。すると、床の板材よりも先に柔らかい何かにぶつかった。

(あれ?)
 恐る恐る瞼を開くイザベルの目の前には、白のワイシャツがある。じっと観察すると、ウィリアムがしっかりと身体を支えてくれていた。
「大丈夫か?」
 イザベルは顔を真っ赤にした。
「す、すみません……」
 慌てて離れようとイザベルは足を後ろに下げる。だが、身体はびくともしない。
 否、ウィリアムにがっちりと両腕を掴まれていた。これでは離れられないと抗議しようとしたところで、ウィリアムに引き寄せられてしまう。

 眼鏡越しに彼のキラキラと輝く青い瞳とぶつかる。星空のように美しい瞳に吸い込まれそうになった。
 イザベルの心臓がドキンと跳ねる。顔に熱がさらに集中して熱い。
「ちょ、ちょっとバートラムさん!」
 イザベルが非難の声を上げると、ウィリアムはやっと解放してくれた。
 眼鏡で覆われているのでどんな表情をしているのか分からないが、くつくつと笑い声が聞こえてくる。

「少し触れただけで赤くなる君のどこが悪女なんだ? 悪女はそんなウブじゃない」
「どういう理屈ですかそれ」
「君は可愛いってこと」
「は、はぁ?」
 こんな揶揄われ方をするのは初めてで、どう対処していいか分からない。向こうが心底楽しそうにしているのだけは伝わってくる。

 イザベルは机の上に音を立てて瓶を置き、ウィリアムを睨んだ。
(一匹狼で勉強熱心だから女性慣れしてないと思っていたけど、バートラムさんは女性の扱いが上手みたい。もうあだ名を根暗鴉からエロ鴉に変えてやろうかしら?)
 イザベルが睨んでいるにもかかわらず、ウィリアムは涼しい顔をしている。