家に帰って未来をソファに座らす。
未来の背後にピッタリとくっついているソイツは、ぐちゃぐちゃだった。
どす黒く歪んでいて、原型を留めていない。そこにあるはずのないように感じて。
でも、それは確実に"いる"。
未来の首から下げられたお守りが視界に映る。あれを作ったのは中学の時だから、そろそろ変え時か。
「悠くん、、、?」
心配したように俺を見る。今回ばかりは未来がソイツを視えなくて良かったと思う。
幽霊なんかじゃない。あれは怪異であり―――呪いだ。
「未来ちゃん」
こんな夜中じゃ、誰も起きてこないと思っていたのに。
しかも、この時間帯には聞かない声だったから、尚更私は驚いてびくりと肩を跳ねさせた。
恐る恐る振り返る。何か悪さをした訳でもないのに。
ゆっくりと振り向けば、暗闇の中から見えたのはふわふわの緑色の髪と、猫みたいな形をした蜂蜜色の瞳。それですぐに双子の片割れだと分かる。そんな彼がひとり、後ろ手を組んでキッチンのカウンターの向こう側にぽつりと立っていた。
「れ、蓮くん」
「ごめんね、突然声をかけて、、、」
「う、ううん。どうしたの?蓮くんも眠れなくなっちゃったの?」
「、、、それは、未来ちゃんも?」
「あ、あはは、、、。うん。そう、、、だね」
手元にある温かなマグカップを包み込む手に力が加わる。キッチンの薄い照明の下にいる私を、蓮くんがじっと見詰めてくる。その視線は私を見ているように見えて、しかし何か違うものを見ているようにも見えた。居心地の悪さに喉をこくりと鳴らして口の中にある唾液を飲み込んだ。
「未来ちゃん、今日変なこと起きなかった?」
蓮くんはそう言いながらぺたぺたと足音を鳴らして、距離を近付けてくる。唐突に問われたことに首を傾げるも、思いつくことがない訳ではない。
震えそうになる体を叱咤して、誤魔化すように返事をした。
「そう言われると、、、ないことはない、、、んだけど、、、。どうして?」
「未来ちゃんが元気ないみたいだったから、どうしたんだろうって思って。僕で良かったら話、聞くよ?」
「お話、、、」
「言いづらい、、、?」
「あ、ううん!違うよ。違うんだけど、、、」
「、、、未来ちゃん、ちょっと触るね」
「えっ」
ぴたり、と蓮くんの手がマグカップを掴んでいる私の手に触れる。
じわりと触れる彼の熱が温かい。
―――温かくて、気持ちが良い。
「、、、っ、え、、、?」
「やっぱり、冷たい、、、。もしかして今日、ずっと寒い、、、?」
「なん、で?」
(何で、分かったんだろう、、、)
―――そして何で、こんなに気持ち良いんだろう。
蓮くんが私の手に触れた時、ずっと私を襲っていたひんやりとした寒気が一瞬にして後退っていった。カイロ代わりに温めたマグカップで暖を取っていたけれど、全然これといった効果がなかったのに。蓮くんが触れるだけで自分の体温が元に戻っていくような。そして何故かとても気持ち良い。温かくてふわふわとしていて、身も心も溶けてしまいそうな、感覚。
脳がぐわん、と揺れる。口から小さく息が漏れた。
「う、、、?」
「思っていたより、ずっと早い。このままだと、、、」
「れん、くん、、、?」
「―――未来ちゃん、ひとつお願いしても良い?」
「、、、?な、何、、、?」
ぼそぼそと何かを呟いた蓮くんは私に触れていた手を離し、カウンター越しに少し屈んで上目遣いで首を傾げてお願い事を口にする。くらくらとする頭で彼の蜂蜜色の瞳を見詰めると、何だか変な気分になっていく感覚に襲われる。
蓮くんはそんな私を見て、ニコッと笑う。猫のような瞳が弧を描いて微笑む姿は可愛らしさと美しさが入り交じって酷く歪で艶美に見えた。
心臓がドクンと音を鳴らした。
「ぎゅーってして良い?」
そう言って蓮くんは腕を大きく広げる。
甘えた声で、可愛らしく、おねだりをしてくる。
―――しかし、どうしてだろう。
"可愛らしくおねだりをしている"はずなのに、まるでそれに逆らうことなどが出来ないような得体の知れないものを感じる。
支配している側は、私ではなく彼であるかのように。命令を無効にするのは許されないと言われているかのように。
ふらり、と自分の意志に反して勝手に体が動く。
蓮くんが広げた腕に合わせるようにして、私もカウンターから身を乗り出して腕を広げる。蓮くんはそれ見て嬉しそうに微笑んで文字通り、ぎゅっと私の首の後ろに腕を回した。
私達の間にはカウンターがあるからピッタリくっつくことは出来ない。けれど、それでも彼の体温はしっかりと伝わる。じわりじわりと侵食していく熱が気持ち良くて、たまらない。
だきしめられているだけで、こんなにきもちいいなんて、、、。
未来の背後にピッタリとくっついているソイツは、ぐちゃぐちゃだった。
どす黒く歪んでいて、原型を留めていない。そこにあるはずのないように感じて。
でも、それは確実に"いる"。
未来の首から下げられたお守りが視界に映る。あれを作ったのは中学の時だから、そろそろ変え時か。
「悠くん、、、?」
心配したように俺を見る。今回ばかりは未来がソイツを視えなくて良かったと思う。
幽霊なんかじゃない。あれは怪異であり―――呪いだ。
「未来ちゃん」
こんな夜中じゃ、誰も起きてこないと思っていたのに。
しかも、この時間帯には聞かない声だったから、尚更私は驚いてびくりと肩を跳ねさせた。
恐る恐る振り返る。何か悪さをした訳でもないのに。
ゆっくりと振り向けば、暗闇の中から見えたのはふわふわの緑色の髪と、猫みたいな形をした蜂蜜色の瞳。それですぐに双子の片割れだと分かる。そんな彼がひとり、後ろ手を組んでキッチンのカウンターの向こう側にぽつりと立っていた。
「れ、蓮くん」
「ごめんね、突然声をかけて、、、」
「う、ううん。どうしたの?蓮くんも眠れなくなっちゃったの?」
「、、、それは、未来ちゃんも?」
「あ、あはは、、、。うん。そう、、、だね」
手元にある温かなマグカップを包み込む手に力が加わる。キッチンの薄い照明の下にいる私を、蓮くんがじっと見詰めてくる。その視線は私を見ているように見えて、しかし何か違うものを見ているようにも見えた。居心地の悪さに喉をこくりと鳴らして口の中にある唾液を飲み込んだ。
「未来ちゃん、今日変なこと起きなかった?」
蓮くんはそう言いながらぺたぺたと足音を鳴らして、距離を近付けてくる。唐突に問われたことに首を傾げるも、思いつくことがない訳ではない。
震えそうになる体を叱咤して、誤魔化すように返事をした。
「そう言われると、、、ないことはない、、、んだけど、、、。どうして?」
「未来ちゃんが元気ないみたいだったから、どうしたんだろうって思って。僕で良かったら話、聞くよ?」
「お話、、、」
「言いづらい、、、?」
「あ、ううん!違うよ。違うんだけど、、、」
「、、、未来ちゃん、ちょっと触るね」
「えっ」
ぴたり、と蓮くんの手がマグカップを掴んでいる私の手に触れる。
じわりと触れる彼の熱が温かい。
―――温かくて、気持ちが良い。
「、、、っ、え、、、?」
「やっぱり、冷たい、、、。もしかして今日、ずっと寒い、、、?」
「なん、で?」
(何で、分かったんだろう、、、)
―――そして何で、こんなに気持ち良いんだろう。
蓮くんが私の手に触れた時、ずっと私を襲っていたひんやりとした寒気が一瞬にして後退っていった。カイロ代わりに温めたマグカップで暖を取っていたけれど、全然これといった効果がなかったのに。蓮くんが触れるだけで自分の体温が元に戻っていくような。そして何故かとても気持ち良い。温かくてふわふわとしていて、身も心も溶けてしまいそうな、感覚。
脳がぐわん、と揺れる。口から小さく息が漏れた。
「う、、、?」
「思っていたより、ずっと早い。このままだと、、、」
「れん、くん、、、?」
「―――未来ちゃん、ひとつお願いしても良い?」
「、、、?な、何、、、?」
ぼそぼそと何かを呟いた蓮くんは私に触れていた手を離し、カウンター越しに少し屈んで上目遣いで首を傾げてお願い事を口にする。くらくらとする頭で彼の蜂蜜色の瞳を見詰めると、何だか変な気分になっていく感覚に襲われる。
蓮くんはそんな私を見て、ニコッと笑う。猫のような瞳が弧を描いて微笑む姿は可愛らしさと美しさが入り交じって酷く歪で艶美に見えた。
心臓がドクンと音を鳴らした。
「ぎゅーってして良い?」
そう言って蓮くんは腕を大きく広げる。
甘えた声で、可愛らしく、おねだりをしてくる。
―――しかし、どうしてだろう。
"可愛らしくおねだりをしている"はずなのに、まるでそれに逆らうことなどが出来ないような得体の知れないものを感じる。
支配している側は、私ではなく彼であるかのように。命令を無効にするのは許されないと言われているかのように。
ふらり、と自分の意志に反して勝手に体が動く。
蓮くんが広げた腕に合わせるようにして、私もカウンターから身を乗り出して腕を広げる。蓮くんはそれ見て嬉しそうに微笑んで文字通り、ぎゅっと私の首の後ろに腕を回した。
私達の間にはカウンターがあるからピッタリくっつくことは出来ない。けれど、それでも彼の体温はしっかりと伝わる。じわりじわりと侵食していく熱が気持ち良くて、たまらない。
だきしめられているだけで、こんなにきもちいいなんて、、、。



