息が止まる。
頭が真っ白になる。
夜風のぬるさも、街路樹のさざめきも、一瞬にして遠くなる。
…………
…………は……?
ふ、と唇が離れた。
さら、と翔の前髪が至近距離に落ちて、すぐに遠ざかる。
いつもと同じ、何を考えているのかわからない瞳。それが、逃げることを許さないみたいに、私をまっすぐ見下ろしていた。
「好きだよ、千歳」
喉が渇いて、何も言えない。
瞬きすらできず固まる私、その耳元に、翔は唇を寄せて。
「俺はルールなんて、守る気ないから」
その一言だけ、低く落とすと──
そのまま私とすれ違うように、歩き去っていった。
呼び止められない。
それどころか、振り向くことすらできない。
背後の足音が遠ざかっていくのをぼんやりと感じながら、立ち尽くす私。
やがてそれが完全に消え、静寂が訪れたとき。
ようやく、脳内に文字が浮かび上がった。
……な。
……なんで。
…………なんの話?
なんで今、好きって…………?
街灯の白い光の中には、取り残された自分の影が一つ。
再び吹き抜けた夜風が、いまだに動けずにいる私の前髪だけを、そっと揺らしたのだった。
