「遥風の練習時間、邪魔するのもアレだしさ……またなんかあったら頼むかも」
なるべく軽く、普通の会話の一部みたいにそう言うと、私は空のバッグを手に取り足早に部屋に戻ろうとする。
──けれど。
「千歳!」
背後からすぐさま呼び止められ、反射的に足を止めてしまった。
緊張で、呼吸が浅くなる。顔を合わせた途端、私の中でも何かが揺らいでしまう気がして、振り向けない。
そんな私の背中に、遥風は声をかけてくる。
「……夜、部屋行っていい?」
さっきより弱い、遠慮がちな声だった。
「重い話じゃなくて……何でもいいから話がしたい。今までみたいに、友達として話したい、んだけど」
途切れ途切れの、不器用な言葉。
それを受け、私はちょっと息を止めてしまう。
──『部屋行っていい?』
それ、は……さすがにヤバいんじゃないだろうか。
だって、ルームメイトの篤彦は、夜部屋にいないことが多い。
ということは、遥風を部屋に入れたら、高確率で二人きりになってしまうということ。
……本当は、私も遥風と楽しく話してたかった。
けれど、それが遥風というアイドルを、一人の人間を、壊してしまうことに繋がるのなら。
それは、優しさじゃない。
そう思った私は、ようやく遥風と目を合わせると──
少し眉を下げて、微笑んだ。
「LINEしよ?」
できるだけ優しい声を意識して、そう提案する。
「いつでも返すから……話したくなったら、いつでも送って」
スマホをいじるようなジェスチャーをしてそう言うと、遥風の瞳が、一瞬緩む。
それが完全に拒絶されなかった安心ゆえなのか。
はたまた私に距離を取られたことへの諦めなのかは、見ただけで判別はつかなかった。
ただ、そんな彼の視線を受け止めるのが痛くて、ふ、と視線を逸らしたとき。
コモンルームのソファから、翔と篤彦の二人が、こちらのやり取りを値踏みするように冷たく見つめていたことだけは、はっきりと分かってしまったのだった。
