洒落ていて華やか、どこか不穏なトラックの中──
篤彦は、軽くリズムを取るように、足元で小さく音を刻んでいた。
それは音に乗っている、というよりも。
連なる音粒の奥へ、静かに沈んでいるみたいに見えて。
……なんだろう。
微かな違和感が、私の中に浮かび上がった。
いつもと違う。
何が、って言われると分かんないんだけど。
なんというか、周りを見ていない。
いつもなら周囲の空間に張り巡らせているリソースを、全部『音』に注いでいるような──
と、そのとき、ふと。
脈絡もなく、どこかで聞いた話が脳裏をよぎった。
──本当に踊れる人間にとって、即興はハンデじゃない。
むしろ自分のダンスを一番強く、生々しく魅せるための、表現の『チョイス』になり得る、って。
ダンスの先生だったか、どこかのテレビの番組だったか……よく覚えてないけれど、とにかく誰かが言っていた気がする。
普通なら、ぶっつけ本番の状況では、音が流れた瞬間に身体で返すなんて難しい。
だからみんな、コレオを作る。
動きを練り、何時間もかけて練習することで、音を拾い上げる最高の形を作れるから。
けど、ストリートやヒップホップの文化で修羅場を潜り抜けてきたダンサーの場合──
その常識は、逆転することがある。
理由は単純。
彼らの一部は、音と身体が、脳を経由せずに直接結びついていて──
脊髄反射で、最適解を導けるからだ。
