「大丈夫?千歳」
俯いたままの私に、駆け寄ってくる足音。
顔を上げると、私の視線に合わせるようにしゃがみ込んだ遥風と目が合った。
ふわ、と彼のお風呂上がりみたいな優しい香りが鼻腔をくすぐる。
「あいつに何された?嫌がってんのに無理やり、」
「いや……まだ、特には、」
「本当に?」
こくり、と頷いても、遥風はまだ納得できないような顔をしていたけれど。
意外にも、それ以上無理に問い詰めてくることはなかった。
代わりに、手に持っていたスポーツドリンクを私の方に差し出す。
「飲めよ」
「でもそれ遥風の……」
「いいから」
有無を言わせない声音だった。結局小さく礼を言って、受け取る。
まだひんやりと冷たくて、ボトルの蓋も硬い。
こくこくとそれを喉に流し込む私。遥風はそんな私のそばに膝をついたまま、傍にまとめられた荷物に目をやる。
「……帰る準備してた?」
「あ、うん。そろそろ戻ろうかな、って」
「じゃ、ちょっと休んでから部屋まで送る」
「……ありがとう」
「うん」
口数は少ないけれど、遥風は私が想像していた以上にどこか落ち着いているみたいだった。
今までだったらきっと、『なんで逃げなかったの』とか『俺はダメなのにあいつはいいんだ』とか、拗ねたような攻撃的な言葉が飛んできてもおかしくない状況。
けれど、今回遥風が私を責めることはなかった。
──胸の奥がじわりと温かくなるような、苦しくなるような、そんな感覚に陥る。
……なんか。
ちょっとずつだけど、変わってきてる、気がする。
ってことは、もしかしたら。
本当にもしかしたら、だけど──
このままなら、私たちは前より少しだけ、上手くやれるのかもしれない。
そんな淡い期待が過ぎるとともに、窓から入り込む夜風が、心地よく頬を撫でて。
身体に残っていた熱が、少しずつ、少しずつ、薄くなっていくような気がした。
