いつの間にか私たちの背後に忍び寄っていた椎木篤彦が、腕を組んで仁王立ちしていた。
風で揺れる前髪の下、こちらを見下ろしてくる瞳が明らかに冷ややか。
やっっ、べ。
「楽しそうやなぁ、何の話?」
「い、いや、これはその」
完全に取り乱しながら、なんとか弁解を考える私。
昨日といい今日といい、どうしてこの人の前で失言ばかりしてしまうんだろう。
このままでは自業自得で潰される羽目になる……!
と、死ぬほど焦っていたそのとき──
不意に、彼の手元から微かな金属音が聞こえた。
……ん?
そんな私の視線の先に気づいたのか、篤彦はふっと口元を緩め──
指に引っ掛けた鍵を持ち上げ、ちゃり、と鳴らしてみせた。
スタジオの鍵……!!
助かった!これでようやくエアコンの効いた室内に入れる。
と、安心したのも束の間。
篤彦は何故かそれをスタジオの扉に差し込むことなく、くるりと踵を返した。
「え」
戸惑う私たちをよそに、そのまま鍵を持って悠々と歩いていく篤彦。
「あ、篤彦くん?」
「えー、成功への鍵、受け取りたい方は公式LINEを追加」
「ごめんなさい」
「『副業』と送って──」
「ごめんなさい待って。本当に待って!!」
私たちは慌てて篤彦を追いかけ始めるが、彼は一度だけこちらを振り返ってニヤッと笑った後──
走り出した。
「ちょっ、ふざけんなコラ!」
「鍵!!鍵奪え!!!!」
結局、スタジオの前で三人揃ってマネーコーチを追いかけ回す羽目となり。
おかげで、まだレッスンも始まっていないというのに既に汗だくである。
息を切らしながら、私は固く誓った。
──陰口はやめよう。
少なくとも、報復が面倒くさそうな人間への陰口だけは。
