桜ノ丘の約束-10年前の後悔-

1. 仕事への違和感
   東京に戻ってから数週間後——。
 泰亮は、オフィスのデスクに座りながら、自分の手帳をぼんやりと眺めていた。
 「プロジェクトの進捗管理」
 「会議資料の作成」
 「部下への指示」
 仕事は順調だった。
 リーダーとしてチームをまとめ、結果も出している。
 でも——何かが違う気がしていた。
「……俺は、本当にこのままでいいのか?」
 10年前からずっと"リーダーであること"にこだわってきた。
 でも、それが本当に自分のやりたいことなのか、わからなくなっていた。

2. ある後輩の悩み
   そんなある日、後輩の佐藤が泰亮のデスクを訪れた。
「課長……ちょっと相談があるんですが。」
「ん? どうした?」
「実は……最近、仕事がうまくいかなくて。」
 佐藤は、申し訳なさそうに目を伏せる。
「自分なりに頑張ってるつもりなんですが、ミスばかりで……。周りの期待にも応えられていない気がするんです。」
「……。」
 その言葉を聞いて、泰亮は10年前の自分を思い出した。
 ——事故の後、"正しさ"ばかりを求め、誰かを責めることで自分を保とうとしていた過去。
「なあ、佐藤。」
「はい?」
「お前、今の仕事、楽しいか?」
「え……?」
「楽しいと思える瞬間が、一瞬でもあるか?」
 佐藤は、少し考え込んだ後、小さく頷いた。
「……あります。お客様に"ありがとう"って言われた時とか……。」
「なら、それを大切にしろ。」
「でも……ミスばかりで、自分に自信がなくて……。」
「誰だって最初はミスする。俺だってそうだった。」
 泰亮は、笑いながら言った。
「大事なのは、お前が"どうありたいか"だ。」
 佐藤の表情が、少し変わった。
「どう……ありたいか……。」
「お前は、上司の期待に応えるために仕事してるんじゃないだろ?」
「……。」
「自分が、何を大切にしたいのか。それを考えろ。」
 その言葉に、佐藤はハッとした表情を見せた。
「……ありがとうございます。」
 深く頭を下げる後輩を見て、泰亮は思った。
——俺は、こういう瞬間が一番好きなんだ。

3. 新しい挑戦への決意
   その日の夜、泰亮はグループチャットを開いた。
泰亮:「俺、異動願い出すことにした。」
将貴:「え?」
智香:「異動って、どこへ?」
泰亮:「マネージメント職から、現場の教育部門に移る。」
 一瞬、全員の返信が止まる。
基翔:「……お前、それってつまり?」
泰亮:「"リーダーとして組織を動かす"んじゃなくて、"人を育てる"ことを仕事にしたいと思ってる。」
純鈴:「……すごい決断だね。」
美耶:「でも、泰亮らしいかも。」
泰亮:「俺は、ただ結果を出すことばかり考えてた。でも、本当に大切なのは"人を育てること"なんじゃないかって思ったんだ。」
「俺は、"人と向き合う仕事"をしたい。」
 泰亮は、画面の向こうの仲間たちにそう伝えた。

4. 異動の決定
   数日後、泰亮は上司に正式に異動願いを提出した。
「……異動、希望するのか?」
 部長は、驚いた表情を見せた。
「お前は、マネージャーとしての評価も高い。なぜ、今のポジションを手放すんだ?」
「確かに、結果を出すことは好きです。」
 泰亮は、真っ直ぐに上司を見た。
「でも、それ以上に"人を育てること"にやりがいを感じるんです。」
「……なるほど。」
 部長は、しばらく考え込んだ後、小さく頷いた。
「わかった。お前の希望を受け入れる。」
「ありがとうございます。」
 その瞬間——泰亮は、本当に自分の道を選んだことを実感した。

5. 未来への一歩
   異動が決まり、新しい職場での仕事が始まる日。
 彼は、新しいデスクに座りながら、深呼吸をした。
「よし。」
 ここからが、新しいスタートだった。
 ——リーダーとしてではなく、人を支える存在として。
 彼は、また一歩、未来へと踏み出した。
(第21章・終)