桜ノ丘の約束-10年前の後悔-

4. 智香の現在
　
　一方、智香は都内の小さな出版社で働いていた。
　彼女は書籍編集の仕事をしながら、自分の夢を追い続けていた。
「智香さん、原稿チェック終わりました？」
「はい、もう少しです。」
　デスクの上には、彼女が担当する作家の原稿が積まれている。
　彼女は編集者としての仕事に誇りを持っていたが、時折、心のどこかにぽっかりと穴が空いたような気持ちになることがあった。
　——10年前のあの日から、何かが欠けているような気がしていた。
　その時、机の上のスマートフォンが振動した。
　画面を見ると、そこには「村瀬誠司」の文字があった。
「先生……。」
　彼女は震える手でメールを開いた。
智香へ
久しぶりだな。突然の連絡をすまない。
実は、私は今、病院にいる。あまり時間がない。
どうしても、お前に伝えたいことがある。
できれば、会いに来てくれないか。
村瀬誠司
　同じ文面のメールを、彼女も受け取っていた。
　——先生が、会いたいと言っている。
　心が揺れる。
　彼女は、10年間封じ込めてきた記憶を呼び起こさないように生きてきた。
　だが、先生の言葉が彼女の心を締め付けた。
「……会いに行かなきゃ。」
　震える声でそう呟いた。