桜ノ丘の約束-10年前の後悔-

3. 智香の罪悪感
   一方、智香はホテルのバルコニーに出て、冷たい夜風にあたっていた。
 手には、一枚の写真が握られている。
 10年前の文化祭の写真。
 達也が満面の笑みを浮かべているものだった。
 彼女は、10年間、ずっとこの写真を持ち歩いていた。
 達也が事故に遭ったとき、彼女は何もできなかった。
 何もできないまま、ただ泣いていた。
「……ごめんね。」
 彼女は小さく呟く。
「達也……私は、ずっとあなたを忘れられなかった。でも、あなたのことを知ろうともしなかった。」
 罪悪感が、胸を締めつける。
 彼女にとって達也は、初めて本気で好きになった人だった。
 けれど、その気持ちは、彼に伝えられぬまま終わってしまった。
「……もし、達也が事故の前に、セットを動かしていたんだとしたら。」
 彼女は、初めて、その事実を真正面から受け止めようとした。
 ——でも、それは、達也を責めることではない。
 達也もまた、10年前の自分たちと同じだったのかもしれない。
 誰かを守りたくて、誰かのために何かをしたくて、それが思わぬ形で事故になってしまった。
 ——私たちは、同じだったのかもしれない。
 その思いに、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。